DCENT App Wallet の旧版で署名したアドレスが一斉に流出:6,678ウォレットから1,175万 XRP、パッチでは消えない「鍵の履歴」

何が起きたか
DCENT の状況報告書(2026年9月17日 KST 時点)によれば、最初の不正送金の申告は9月16日未明(韓国時間)にカスタマーサポートへ届いた。同日午後に公式 X とアプリ内で緊急告知を出し、韓国の捜査当局への届け出、取引所への凍結協力の要請も行った。不審な取引は最初 Android で観測されたが、同社は iOS にも同じ影響がありうるとしている。
同社が現時点で示す影響の主な基準は四つある。一つ目はウォレットの種類で、リカバリーフレーズが一度でも App Wallet に入力されたアドレスが対象となる。App Wallet で作ったウォレットのほか、ハードウェアウォレットのフレーズを App Wallet に復元した場合、App Wallet のフレーズをハードウェアに移した場合も含まれる。二つ目は署名の履歴で、コインの送金に限らず、トークンや NFT の送金、トークン承認、dApp 接続後の取引も対象になる。受信しかしていないアドレスは相対的にリスクが低いが、リスクがないとは言えないとされる。三つ目はアプリの版で、署名が8.1.0(2025年11月5日公開)より前の版で行われたかどうかが基準になる。現在の版ではなく、署名した時点の版で判断する。四つ目はチェーンで、Bitcoin、Ethereum、XRPL、TRON、EVM 系などが挙げられている。
オンチェーン側の規模は、第三者の分析会社 XRPL.to の集計がもっとも詳しい。最初の一斉引き出しは9月15日 15:35 UTC に始まり、同社の告知後も9月17日 07:05 UTC から別の波が続いた。最後に捕捉された引き出しは9月20日 20:56 UTC である。合計6,678ウォレットから1,175万 XRP が流出し、その内訳は通常の送金で空にされたものが4,208、先行する送金なしに AccountDelete で閉じられたものが2,470だった。XRP 価格を約1.59ドルとすると約1,868万ドル(約29.4億円)になる。XRPL.to は、引き出しの順序が残高より口座の作成日と強く相関していたこと、被害口座の多くが2021〜2023年に作られていたことを報告している。これらの取引は、いずれも正規の鍵で有効に署名されていた。
成立条件を読む:公開された「条件」から何が言えるか
DCENT は、技術的な詳細を公開すれば同種の攻撃に使われうるとして、原因を明らかにしていない。ZDNet Korea が引用した研究者は、旧版の鍵生成における乱数の弱さを最も有力な原因として挙げているが、同社はこれを確認していない。本稿も原因を断定しない。
それでも、公表された影響条件の組み合わせから読み取れることはある。条件が「署名した時点の版」と「署名の履歴」の双方を含んでいる点である。鍵の生成時だけに問題があるなら、署名したかどうかは影響範囲の決定に関わらないはずだ。署名履歴が基準に入っていることは、鍵の生成だけでなく署名の過程での情報露出も疑われる構図と整合すると考えられる。ただしこれは筆者の推測であり、同社の説明ではない。
より確実に言えるのは、影響が「フレーズの履歴」に紐づいている点である。ハードウェアウォレットの利用者でも、一度そのフレーズを App Wallet に入力していれば対象になる。同社は、既存のフレーズで復元し直すと同じ鍵、または関連する鍵が再生成されうるとして、必ず新しいフレーズでウォレットを作るよう求めている。ハードウェアかソフトウェアかという端末の区別ではなく、鍵の素材がどこを通ったかで安全性が決まるということである。
同種の事例は過去にもある。2018年版の Trust Wallet iOS アプリでは、端末時刻をシードにした擬似乱数でニーモニックが生成され、CVE-2024-23660 として登録されたうえで、2023年に悪用が確認された。脆弱な版で作られた鍵が、修正後も数年にわたって狙われ続けた点が共通している。
引き出しの時系列が示すもの
XRPL.to の時系列からは、防御側の時間感覚について重要な示唆が得られる。第一に、攻撃者は告知の後も引き出しを続けた。最初の波(9月15日)から、同社の告知(16日)を挟んで、17日と20日にも別の波が観測されている。告知を見ていない利用者、見ても資産を移せていない利用者が残る限り、攻撃は続く。同社が9月20日に、コミュニティに対して利用者への直接の周知を呼びかけたのはこのためである。
第二に、引き出しの順序が残高の大きさではなく口座の作成日と相関していた点は、攻撃者が「どの鍵が弱いか」を事前に把握し、一覧を順に処理していた可能性を示唆する。これは XRPL.to の観察に基づく推論であり、確定した事実ではない。ただ、そうであれば、影響を受けうる鍵の集合は攻撃の時点ですでに決まっており、利用者が資産を移すまでの時間がそのまま被害に変わることになる。
資金の流れも速かった。XRPL.to によれば、9月21日時点で約567万 XRP が THORChain を経由し、約324万 XRP が交換業者とされる unionchain.ai へ、約54.6万 XRP が NEAR Intents へ、約53.6万 XRP が Binance の入金タグへ移動した。攻撃に関連するウォレットに残っていたのは約131万 XRP である。クロスチェーンの交換サービスを経由した分は、追跡の手間が一段増える。
想定される落とし穴
第一に、アプリの更新は対処ではない。更新が守るのは今後の署名であり、過去に旧版で署名した鍵の露出は取り消せない。同社自身も、更新は資産移動の前提条件にすぎないとしている。
第二に、XRPL の AccountDelete である。XRPL の口座は開設中は準備金をロックしているが、AccountDelete を使うと口座を閉じて残額を別アドレスへ送れる。通常の送金で準備金分が残ったとしても、鍵を握る側はそれも回収できる。今回、2,470ウォレットがこの経路で空にされた。
第三に、同一の鍵が複数の場所で使われていることである。ERC-20 や TRC-20 のトークンはネイティブコインと同じ鍵で管理され、EVM 系では同じアドレスが BSC、Polygon、Base、Arbitrum などで共有される。一つのチェーンで被害が見えなくても、同じ鍵の他の資産が次の標的になる。旧アドレスに残ったトークン承認も、鍵を握る側から見れば引き出し経路になる。
第四に、二次被害である。大規模な流出の直後には、「復旧支援」や「補償手続き」を装ってリカバリーフレーズの入力や資産の送付を求める偽アカウントが現れる。DCENT は、同社がリカバリーフレーズ、秘密鍵、PIN を尋ねることはなく、回収や補償のために資産の送付先アドレスを示すこともないと明言している。社内で DCENT を使っていた担当者がいる場合は、この点もあわせて周知する必要がある。
【技術インサイトとアクション】
- 鍵の安全性は、保管端末ではなく、鍵の素材が生成から現在までに通ったすべてのソフトウェアで決まる。ハードウェアウォレットでも、フレーズを一度ソフトウェアに入力していれば、そのソフトウェアの欠陥を引き継ぐ。 [プロダクト側・社内ウォレット管理者] 今月中に、社内の運用ウォレットと検証用ウォレットについて、各フレーズの生成元と入力履歴(どのアプリ・どの版に入力したか)を台帳化し、DCENT App Wallet に入力したものは新規フレーズへ移行する。
- 鍵の素材に関わる脆弱性は、修正版の配布では解消しない。影響を受けた鍵を特定し、ローテーションさせるまでが修正である。 [ウォレット・SDK 開発者] 次のリリースまでに、どの鍵がどの版で生成・署名されたかを利用者側で判定できる仕組みと、新しい鍵への移行(資産移動と承認の取り消しを含む)を案内するフローを設計に組み込む。
- 乱数と署名処理は、機能テストでは欠陥が見えない。誤っていても署名は正しく検証を通り、発覚は攻撃の後になる。 [ウォレット・SDK 開発者・コントラクト開発者] 四半期内に、自社コードの鍵生成と署名が監査済みライブラリ(決定的ナンス方式を含む)に依存しているかを確認し、独自実装や独自の乱数源が残っていれば置き換える。
【引用:出典】
- DCENT Wallet Team「Status Report on Unauthorized Asset Transfers in the App Wallet」(2026年9月17日 KST 時点): https://store.dcentwallet.com/blogs/post/app-wallet-incident-report
- DCENT「How to Check Whether the App Wallet Action Applies to You」: https://store.dcentwallet.com/blogs/post/check-if-app-wallet-action-applies
- XRPL.to「DCENT App Wallet drain timeline」: https://xrpl.to/insights/dcent-app-wallet-drain-timeline
- CryptoSlate「Nearly $20 million in XRP drained from 6,678 wallets across six attack waves」(2026年9月23日): https://cryptoslate.com/nearly-20-million-in-xrp-drained-from-6678-wallets-across-six-attack-waves/
- Blockhead「D'CENT App Wallet Flaw Linked to Theft of Millions of XRP」(2026年9月23日): https://www.blockhead.co/2026/09/23/dcent-app-wallet-flaw-linked-to-theft-of-millions-of-xrp/
※円換算は1ドル=157.23円(Trading Economics、2026年9月25日)。XRP の米ドル換算は CryptoSlate の記事時点価格(約1.59ドル)による。
本記事は公開情報に基づく技術解説であり、投資助言を目的としたものではありません。
