「橋」が架からない限り――DeFiが大手銀行を取り込めない理由と、伝統的金融の反撃

パネルが示した「本当の価値」
パリで開かれたカンファレンス「Proof of Talk」のパネルで、資産運用・銀行業界の幹部が語ったのは、DeFiの長期的価値の所在だ。彼らによれば、その価値は代替的な取引の場を提供することではなく、グローバル銀行のバックオフィス業務を変革する能力にある。既存金融機関はブロックチェーン採用に前向きだが、異なるチェーンをつなぐ「ブリッジ」のオンチェーン・セキュリティの脆弱性が、本格採用の最大の障害になっているという。投資・助言会社OGroupのCEOマヤ・ヴイニオビッチ氏は、ブリッジ問題を解決するまでDeFiは「デジェン(投機的)コミュニティの外では成長しない」と断じた。
統計が裏づける「最悪の月」
この警戒感には数字の裏づけがある。CertiKのCEOロンフイ・グ氏は、2026年4月をDeFiにとって過去4年間で最悪の月と評した。同社集計では4月だけで約6億5,100万ドル規模の被害が約29件発生。とりわけ、Solanaベースのデリバティブ取引所Drift Protocolが4月1日に約2億8,500万ドル、リステーキングのKelpDAOが4月18日に約2億9,200万ドルを失い、2件で約5億7,700万ドルに達した。ブロックチェーン分析企業TRM Labsによれば、北朝鮮系の関与が疑われるこの2件だけで、2026年の全ハッキング被害額の約76%を占める。北朝鮮系の比率は2020年の10%未満から、2025年64%、2026年は76%へと一貫して上昇している。注目すべきは、KelpDAOの手口が単一検証者(single-DVN)構成という橋の構造的弱点を突いた点であり、技術設計上の急所が露呈した。
伝統的金融の「埋め合わせ」戦略
一方、伝統的金融はこの構造的ギャップを埋めにかかっている。ソシエテ・ジェネラルの専門子会社SG-Forgeの最高戦略責任者ステファニー・カボシオラス氏は、同社がパブリックブロックチェーン上でグリーンボンドなどの証券をトークン化してきた実績を挙げた。だが「ブロックチェーン上に証券(の側)はあっても現金(の側)がなく、行き詰まっていた」ため、自社規制型ステーブルコイン(EURCV、USDCV)の発行に踏み切ったという。彼女は、機関投資家がオープンソースの非カストディアルなDeFiプロトコルよりも、規制された銀行が提供する安全性とカストディ(資産保管)を選好すると指摘。「個人も企業も、資産を自宅の金庫やプライベートウォレットに置きたくはない。安心を信頼できる第三者に委ねたい。だからこそ銀行やカストディアンには依然として未来がある」と語った。
文脈:銀行が主役になる「もう一つのオンチェーン」
この構図は、より大きな潮流の一部だ。実際、米大手銀行(JPモルガン・チェース、バンク・オブ・アメリカ、シティグループなど)は、ステーブルコインによる預金流出に対抗するため、2027年上半期までにThe Clearing House経由で共有トークン化預金ネットワークの立ち上げを計画していると報じられている。規制された銀行システム内に顧客資金をとどめたまま、ブロックチェーンによる24時間決済の速度と効率を提供する狙いだ。DeFiが「無許可・非カストディアル」の理念を掲げる一方、伝統的金融は「規制・カストディ・厳格な管理」を武器にオンチェーン化を進める。両者の競争軸は、まさにセキュリティと信頼の設計そのものに移りつつある。
【事業開発に関するインサイト】
- 最大の参入障壁を特定し、そこを解く者が市場を取る:本件は、技術の優劣ではなく「セキュリティという信頼の欠如」が機関需要の解放を阻むボトルネックであることを示す。新規事業では、潜在市場の規模よりも、需要が動かない真因(クリティカルな障害)を見極め、そこを一点突破することが重要となる。障害の所在を取り違えれば、いくら機能を磨いても採用は進まない。
- 「自前主義」と「第三者依存」は顧客セグメントで選び分けられる:非カストディアル(自己管理)モデルが理念的に優れていても、多くの顧客は安心を信頼できる第三者に委ねたいと考える。事業設計では、自律性を重視する層と、保証・責任主体を求める層を区別し、後者には規制適合・カストディ・賠償可能性といった「守りの価値」を前面に出す方が刺さる。理念ではなく顧客の不安に合わせて提供価値を設計することが鍵となる。
- 既存プレイヤーは「弱点の補完」から参入し、定義を書き換える:伝統的金融は、新技術を全否定せず、その欠落部分(現金決済レイヤー、カストディ、規制対応)を自らの強みで埋める形で参入してきた。後発・既存いずれの立場でも、相手の未成熟な部分を補完財として押さえることで、競争のルール自体を自社有利に再定義できる。需要を選ぶ際は、相手の弱点が自社の強みと噛み合う領域を見極めることが有効である。
【引用:出典】
- CoinDesk「経営幹部は、DeFiがハッキング問題を解決しない限り、大手銀行を獲得することはできないと述べている」 https://www.coindesk.com/ja/business/2026/06/02/defi-won-t-win-over-big-banks-until-it-fixes-its-hacking-problem-executives-say
- CoinDesk「DeFi vulnerabilities are TradFi's biggest blocker as protocols hit by near-daily exploits(CertiK)」 https://www.coindesk.com/business/2026/05/28/defi-vulnerabilities-are-tradfi-biggest-blocker-as-protocols-hit-by-near-daily-exploits-certik
- TRM Labs「North Korea Stole 76% of All Crypto Hack Value in 2026 — With Just Two Attacks」 https://www.trmlabs.com/resources/blog/north-korea-stole-76-of-all-crypto-hack-value-in-2026-with-just-two-attacks
- The Block「North Korea accounts for 76% of 2026 crypto hack losses…」 https://www.theblock.co/post/399569/north-korea-accounts-for-76-of-2026-crypto-hack-losses-with-theft-since-2017-topping-6-billion-trm-labs
- CoinDesk「America's largest banks are building a new digital currency network to stop a massive deposit drain」 https://www.coindesk.com/ja/business/2026/06/06/america-s-largest-banks-are-building-a-new-digital-currency-network-to-stop-a-massive-deposit-drain
- SG-Forge(Société Générale)公式リリース https://www.sgforge.com/societe-generale-forge-launches-coinvertible-the-first-institutional-stablecoin-deployed-on-a-public-blockchain/
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
免責事項
本レポートは、暗号資産および関連市場に関する情報提供のみを目的として作成されたものであり、特定の暗号資産の購入、売却、保有その他一切の取引行為を推奨・勧誘するものではありません。また、金融商品取引法その他の関連法令に定める投資助言、投資勧誘、または金融商品の販売・媒介に該当するものではなく、税務・法務・会計上の助言を構成するものでもありません。
本レポートに記載された情報は、作成時点において信頼できると判断した情報源に基づいておりますが、その正確性、完全性、最新性、有用性等について当社は何ら保証するものではありません。暗号資産は価格変動が大きく、元本の毀損その他の損失が生じるリスクを伴います。投資判断は、利用者ご自身の責任と判断において行っていただくものとし、本レポートの利用に起因して生じたいかなる損害についても、当社は一切の責任を負いかねます。
ブロックチェーン新規事業のご相談
Cabinetでは、アイデア段階からの壁打ち、技術検証(PoC)、そして実装・運用まで一気通貫で伴走する事業開発コンサルティングを提供しています。まずはお気軽に無料相談をご利用ください。
Mastercard、ステーブルコイン決済を本格解禁——「24時間365日」金融への布石
研究開発から事業化へ──パナソニックHD「トレースフィア」が描く、循環経済の「信頼の社会基盤」
ニュースレターに登録する
本レポートに掲載した内容に加え、業界の最新情報・未公開レポートをメールでお届けします。

