
何が起きたか
Bitget の公式セキュリティ告知によれば、同社は2026年9月24日 18:31 UTC、一部のホットウォレットからの不正送金を検知し、緊急対応に入った。同社はコールド/ウォーム/ホットの3層構造でウォレットを運用しており、侵害はホット層とウォーム層の一部にとどまり、コールドウォレットは安全とされる。出金は停止され、入金と取引は継続された。
被害額は2段階で発表された。当初は約3億5,160万ドル(約552.8億円)とされ、9月25日にオンチェーン追跡の結果として約3億8,750万ドル(約609.3億円)に修正された。Bitget の説明では、増えた3,590万ドルは最初の集計から漏れていた Zcash と TRON の送金分であり、新たな不正移転ではない。影響を受けた資産は XRP、ETH、USDT、ZEC、USDC、USDT0、XAUt、BNB、AVAX、TRX と報じられている。
分析会社 TRM Labs によれば、初期のオンチェーン推計(1億7,000万〜1億9,000万ドル)は EVM 系チェーンだけを数えたものだった。XRP Ledger から約1億5,800万ドル、TRON から約700万ドルが別に流出しており、合計は Bitget の発表値に近づく。盗まれた ETH と XRP は数時間のうちに新しいウォレットへ分割された。多くは約1万 ETH、2,000万 XRP という切りのよい単位で保有され、一部は THORChain 経由で BTC に交換された。
Bitget は9月26日、脆弱性は特定・修正済みだとして、出金を段階的に再開すると告知した。9月28日 08:00 UTC に BTC、29日に ETH、30日に USDT、10月2日にその他の資産と法定通貨を再開する予定である。調査には Mandiant と SlowMist が加わっている。損失は利用者保護基金(発表時点で4億6,400万ドル超)で補填するとしている。修正後の被害額は、基金規模の約84%にあたる。
攻撃の成立条件:鍵ではなく「承認の入力」が破られた
本件の技術的な核心は、CEO の Gracy Chen 氏による説明にある。同氏は「攻撃者はウォレット基盤の重要なバックエンドシステムを侵害し、それを使って取引データを偽装し、承認プロセスに資金移動を実行させた」と述べた。秘密鍵の漏えいは調査で否定されたという。また、送金は顧客の出金リクエストを経由せず、システム内部から直接行われたとも説明している。ただし、侵入経路の技術的な根拠は公開されていない。24時間以内に出すとされた根本原因レポートは、9月26日時点で公表されていない。
ここから読み取れる構図は、2025年2月の Bybit 事件と同型である。TRM Labs も、承認者(人またはシステム)が見る情報が操作された点で両者は似ていると指摘している。Bybit ではコールドウォレットの署名者が偽の内容を承認させられた。Bitget では、同社の説明に従えば、ホット/ウォーム層の自動承認系が偽装データを正当な送金として処理した。どちらも鍵そのものは奪われていない。
設計上の論点は、承認プロセスが「渡されたデータを信じる」構造だったかどうかにある。承認エンジンが、送金内容の正当性を上流のバックエンドの判断に委ねていたとする。その場合、上流を握られた時点で、署名の強度は防御としての意味を失う。MPC、HSM、マルチシグのいずれを使っていても、それは「正しく承認されたものに確実に署名する」仕組みであり、「承認すべきでないものを見抜く」仕組みではない。筆者の見立てでは、本件で問われているのは鍵管理の強度ではなく、承認の入力を独立に検証する経路が存在したかどうかである。
帰属について、Chen 氏は北朝鮮系グループの関与を「very likely」とし、その根拠として同グループに関連する VPN の IP アドレスを挙げた。TRM Labs は、資金洗浄のネットワークが Bybit や AFX Bridge の事件と重なり、TraderTraitor を示唆するとしつつ、断定はしていない。
3層構造は何を守り、何を守らなかったか
Bitget の3層構造は、設計どおりの役割の一部を果たしたとみられる。コールドウォレットは無傷で、被害は利用者保護基金で吸収できる規模にとどまった。オンラインで即時に署名できる資産の量を限定するという、階層化の本来の目的は機能している。
一方で、ホット層とウォーム層の中で、1回の侵害が複数のチェーンと10種類前後の資産に一度に及んだことも事実である。報道によれば、流出は19件の送金に分かれていた。これは、承認系が「一定時間内の送金総額」や「通常と異なる送金先への集中」を止める仕組みを持っていなかったか、持っていても偽装データによって正常と判断されたことを示唆する。どちらだったかは、根本原因レポートを待たないと判断できない。
もう一つの論点は検知の速さである。同社は検知後すぐに緊急対応に入ったと説明しているが、流出の開始時刻と検知時刻の差は公表されていない。自社のカストディ基盤を評価する際は、検知後に何分で出金を止められるかに加えて、承認系が侵害されている間に何件・いくらまで流出しうるかという上限を、設計値として持っているかが問われる。
想定される落とし穴
第一に、「鍵は無事だった」という発表を安心材料と読んではいけない。今回の類型では、鍵が無事なまま資金が流出している。自社の脅威モデルが鍵の窃取を中心に組まれている場合、同じ穴が残っている可能性がある。
第二に、被害額の集計範囲である。初期の1億7,000万〜1億9,000万ドルという報道値は EVM 系だけの推計で、XRPL と TRON を含めた実額はほぼ倍だった。インシデント対応でオンチェーン推計を使う場合は、どのチェーンを数えたかを必ず確認する必要がある。
第三に、出金再開のタイミングである。取引所の出金が段階的に再開される期間は、盗難資金が他の取引所に流入しやすい。TRM は、資金がブリッジやクロスチェーンのスワップを経て、タグ付きアドレスから数ホップ離れた入金として現れる傾向を指摘している。直接の送金元だけを照合するスクリーニングでは捕捉できない。
第四に、「脆弱性は修正済み」という告知の扱いである。9月26日時点で、Bitget は修正済みとしつつ、侵入経路と修正内容の技術的な説明を公開していない。他社が自社の対策の根拠として参照できる情報は、まだ「バックエンドの侵害と取引データの偽装」という概要にとどまる。根本原因レポートが出るまでは、これを確定した教訓としてではなく、仮説として扱うのが妥当である。ただし、仮説の段階であっても、自社の承認経路を点検する理由としては十分である。
【技術インサイトとアクション】
- 署名基盤(MPC・HSM・マルチシグ)は「承認されたものに署名する」装置であり、承認の入力が偽装されれば鍵の強度は防御にならない。Bybit と Bitget は、経路は違っても同じ層で破られている。 [プロダクト側・カストディ基盤担当] 四半期内に、自動承認・人手承認の双方について、送金内容を上流システムとは独立した経路(別系統の元帳、原トランザクションの再デコード)で再構成して照合するステップがあるかを棚卸しする。
- 顧客の出金リクエストを経由しない送金が承認を通ったとすれば、承認側が「この送金はどの業務記録に対応するか」を検証していなかったことになる。出金と業務記録の突合は、会計ではなく承認の要件として扱うべきである。 [プロダクト側・カストディ基盤担当] 次回の設計レビューまでに、ホット/ウォーム層の各送金に、独立に検証可能な起票記録(出金ID・補充指示)の紐づけを必須化し、紐づけがない送金、上限額や送金先許可リストに反する送金は署名前に拒否するポリシーを実装する。
- 大規模流出の後は、盗難資金がブリッジや交換サービスを経て数ホップ先から入金される。直接の送金元照合だけでは足りない。 [インテグレーター・コンプライアンス連携担当] 出金再開期間(9月28日〜10月2日)を含む当面の間、TRM 等がタグ付けした「Bitget Exploiter September 2026」関連アドレスについて、数ホップ先までの入金スクリーニングを有効にする。
【引用:出典】
- Bitget「[SECURITY NOTICE] Bitget Hot Wallet Incident — September 24, 2026」(2026年9月24日): https://www.bitget.com/support/articles/12560603896024
- Bitget 被害額の改定と回収報奨の告知(2026年9月25日): https://www.bitget.com/support/articles/12560603896108
- Bitget 出金再開スケジュールの告知(2026年9月26日): https://www.bitget.com/support/articles/12560603896110
- TRM Labs「Bitget Loses USD 351.6 Million in Hot Wallet Breach in Likely North Korea Attack」(2026年9月25日): https://www.trmlabs.com/resources/blog/bitget-loses-usd-3516-million-in-hot-wallet-breach-in-likely-north-korea-attack
- Blockhead「Bitget Loses $351.6 Million in Hot Wallet Breach, Rules Out Private Key Compromise」(2026年9月25日): https://www.blockhead.co/2026/09/25/bitget-loses-351-6-million-in-hot-wallet-breach-rules-out-private-key-compromise/
- The Crypto Times「Bitget Withdrawals Resume September 28: Full Schedule After $387.5M Hack」(2026年9月26日): https://www.cryptotimes.io/2026/09/26/bitget-withdrawals-resume-september-28-full-schedule-after-387-5m-hack/
※円換算は1ドル=157.23円(Trading Economics、2026年9月25日)。
本記事は公開情報に基づく技術解説であり、投資助言を目的としたものではありません。
