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2026年04月26日

「熱量の可視化」という幻想 — ファンが本当に望んでいたもの、ブロックチェーンが提供すべきだったもの

「熱量の可視化」という幻想 — ファンが本当に望んでいたもの、ブロックチェーンが提供すべきだったもの

## 1. 「熱量の可視化」プロジェクトの集合的失敗 2017年の前後から「アーティスト × ブロックチェーン」の試みが本格化した。Audius(音楽ストリーミング × トークン報酬)、Royal(楽曲ロイヤリティの小口化)、Chiliz/Socios.com(クラブ運営への投票権付Fan Token)、各種Music NFTプラットフォーム、ソーシャルトークン基盤のRallyなどが代表例である。共通する設計思想は「ファンの応援を測定可能なシグナル化し、トークンとして経済的価値に変換する」というものだった。 結果は明確に出ている。Fan Tokenは70以上のクラブ(FCバルセロナ、マンチェスター・シティ、ACミランなど)が発行し、Socios.comのユーザー数は2021年の100万人から2024年末に200万人超まで拡大したものの、全Fan Tokenの合計取引時価総額は約2.4億ドル、CHZ自体も2021年のピーク0.95ドルから約95%下落した水準で取引されている。NFT市場全体でも、2023年には取引高が2021年のピーク比で95%下落した。Rallyは2023年にサービス縮小を余儀なくされ、Music NFTの主戦場であったCatalogやSoundは活動停止または縮退している。 ## 2. 同じ10年間に新市場を切り拓いたのは「非ブロックチェーン」だった 同時期、ブロックチェーンを使わないクリエイター向けプラットフォームは爆発的に成長した。OnlyFansは2024年度(2024年11月期)にファン支払総額72.2億ドル、純利益5.2億ドル、クリエイター数463万人、ファン3.78億人を記録した。Patreonの2024年売上は推計約8億ドルに達した。Twitchは2020年に1兆分を超える視聴時間を記録し、月間アクティブストリーマー数は700万人を超える。HYBEのWeverseは月間アクティブユーザー1,000万人(うち90%が韓国外)、ユーザー1人当たり平均250分/月の滞在時間、訪問日数月10.2日を達成し、2025年通年で初の黒字化を実現した。 これらに共通する商品はトークンではない。パラソーシャルな親密性(疑似的な人間関係)と、その階層化された購入手段である。Patreonの月額メンバーシップ、OnlyFansのDM・PPV、Twitchのサブスク・スーパーチャット、Weverseのアーティスト直筆コメントとプライベートメッセージ機能。ファンが対価を払って買っていたのは「投資としての持分」ではなく「自分が認識される瞬間」であった。 ## 3. 「クライアントが本当に望んでいたもの」とのズレ ソフトウェア開発の世界には「顧客が本当に望んでいたもの」を風刺する有名な漫画がある — 顧客の要件、PMの解釈、エンジニアの実装、最終納品物が全て異なり、本当に必要だったのは木に吊るしたタイヤのブランコだった、という寓話だ。ブロックチェーン業界の「熱量可視化」プロジェクトは、まさにこの構造的失敗に該当する。 ファンの口から出ていた言葉は「アーティストをもっと支えたい」「中間搾取をなくしてほしい」だった。プロジェクト側はこれを「ファンを株主化すれば解決する」と翻訳した。しかしBerklee Onlineの音楽ビジネス専任講師Benji Rogersは「あなたのファンに100ドルでデジタル絵を売り、『価値が上がるかもしれないから持ち続けて』と言って、それが暴落したらファンとの関係はどうなるのか」と問題提起している。投資家化されたファンは、価格下落と同時に「裏切られた支援者」になる。これは熱量を可視化したのではなく、熱量を金融商品に変質させ、結果として熱量を毀損する設計だった。 真の需要は「経済的なアップサイド」ではなく「意味のある認知」だった。Twitchのスーパーチャット、OnlyFansの個別DM、Weverseのアーティスト返信。これらは数千円から数百円のレンジで、トークンの値上がり益を提供しない。それでも市場は数百億ドル規模に成長した。ファンが買っていたのは、二者関係の幻想を1.5者関係(one-and-a-half-sided relationship)に近づけるためのアクセス権だったのである。 ## 4. それでもブロックチェーンが本当に必要な領域はある ここまでの分析は「ブロックチェーンは不要」という結論を意味しない。むしろ「熱量の金融化」という出口戦略を捨てたとき、初めて本来の特性が活きる。現時点で有望な方向性は以下の3つに整理できる。 第一に、プログラマブルな興行チケット。転売価格の上限・収益の自動分配・本人確認連動などをスマートコントラクトで強制できる領域は、現行のWeb2システムでは実装困難で、かつアーティストとファン双方の不利益(ボット転売・高額転売)を解決する明確な需要がある。 第二に、コラボレーション領域の収益分配インフラ。プロデューサー・作詞・作曲・サンプリングが多層化する現代音楽では、権利者が10名を超えることも珍しくない。スマートコントラクトによるリアルタイム分配は、ファンに見せるためではなく、クリエイター同士の信頼コスト削減ツールとして機能する。 第三に、ポータブルなファンアイデンティティ。プラットフォームをまたいで持ち運べる「私はこのアーティストを2015年から応援していた」という証明。これはトークンを売買する対象ではなく、ファンの履歴を本人の財産として持たせ続ける仕組みとして機能する。プラットフォーム閉鎖時にもファン資産が残る点が、Weverseのような中央集権型に対する明確な差別化になる。 ブロックチェーンが解決すべきは「熱量の可視化」ではない。熱量を毀損せずに、運営コストと信頼コストを下げる裏方機能である。次の10年で勝つプロジェクトは、ファンに「投資家になれ」と語りかけるものではなく、ファンに何も語りかけないままインフラとして動作するものだろう。 ## 事業開発に関するインサイト 1. 「ファンの可視化」ではなく「ファンの認知体験」を設計する — 過去10年で勝ったプラットフォーム(Patreon、OnlyFans、Twitch、Weverse)の共通項は、トークンによる持分付与ではなく、有料アクセスによる「個別認知の瞬間」の階層的販売である。新規プロジェクトは、トークン発行の前に「自社サービスがファンに提供する『認知される瞬間』は何か」を定義すべきである。 2. ブロックチェーンは「フロント機能」ではなく「バックオフィス機能」で勝負する — 失敗したプロジェクトはトークンをユーザー体験の中心に据えた。次世代の勝者は、チケット転売制御、複数権利者間のリアルタイム分配、プラットフォーム横断のファン履歴証明など、ユーザーが意識せず使う領域でブロックチェーンを活用する。「ウォレットを開かせない設計」こそが普及条件である。 3. ファンの「言葉通りの需要」と「真の需要」を分離する — ファンは「アーティストを支えたい」と言うが、それを「投資家になりたい」と翻訳すべきではない。プロダクト企画では、ユーザーリサーチの言葉をそのまま要件化せず、行動データ(OnlyFansの平均購読$5–25、Weverseの月間滞在250分)で需要の構造を検証する必要がある。投資収益性ではなく親密性が、過去10年の最大の支払動機であった。 ## 出典 [1] OnlyFans 2024 Revenue, Hypebeast (2025年8月) — https://hypebeast.com/2025/8/onlyfans-2024-revenue-7-2-billion-usd-nine-percent-increase-report [2] HYBE Earnings Call: Weverse Profitability, Music Business Worldwide (2026年2月) — https://www.musicbusinessworldwide.com/hybes-us-restructure-weverse-turns-profitable-and-concerts-boom-3-things-to-know-from-the-k-pop-giants-latest-earnings-call/ [3] Chiliz & Fan Token Ecosystem Analysis, BeInCrypto (2025年5月) — https://bitcoinethereumnews.com/tech/technical-and-fundamental-analysis-of-the-chiliz-and-fan-token-ecosystem/ [4] HYBE Weverse U.S. Strategy, Billboard (2025年4月) — https://www.billboard.com/pro/hybe-weverse-bts-k-pop-stars-us/ [5] Music NFTs: What You Need to Know, Berklee Online (2025年10月) — https://online.berklee.edu/takenote/music-nfts-what-you-need-to-know-as-a-musician-and-fan/ [6] Crypto Crashes for Music Artists, Live Music Blog (2025年8月) — https://livemusicblog.com/blogs/music-blog/crypto-crescendos-crashes-music-artists-wrong-notes-blockchain/ [7] Creator Subscription Platforms, Mobile Ecosystem Forum (2025年8月) — https://mobileecosystemforum.com/2025/08/19/creator-subscription-platforms-onlyfans-patreon-etc-are-redefining-monetisation-content-and-compliance-in-the-digital-economy/ [8] Primer on the Parasocial Economy, Every (2021年10月) — https://every.to/cybernaut/a-primer-on-the-parasocial-economy

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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