Fireblocks:MPC技術で築く機関投資家向けデジタル資産インフラの覇者 ― 累計$10兆超の取引と"オンチェーン金融OS"戦略

事業概要と提供価値
Fireblocksは2018年、Check Point出身のサイバーセキュリティ専門家Michael Shaulov(CEO)、Idan Ofrat(CPO)、Pavel Berengoltz(CTO)により設立された。北朝鮮Lazarus Groupによる暗号資産ハッキング事件への対応経験を起点に、秘密鍵を単一障害点としないMPC-CMPプロトコルを内製開発。従来MPC比で800%の処理速度向上を実現し、特許出願中のチップ・アイソレーション技術と組み合わせた多層防御を提供する。
事業は6つの柱で構成される。(1)カストディ・トレジャリー管理、(2)Wallet-as-a-Service(2025年10月に約9,000万ドルで買収したDynamic統合)、(3)35以上のチェーンに対応するトークナイゼーション・エンジン、(4)100カ国・60通貨を網羅するグローバル・ステーブルコイン決済網、(5)Aave/Morpho連携の利回りプロダクト「Earn」、(6)2026年1月に1.3億ドルで買収したTRES Financeによる監査・会計対応である。
規模とブロックチェーン業界でのポジショニング
2026年時点で2,400超の機関顧客(BNY Mellon、Revolut、Worldpay、ABN AMRO、Crypto.com、GMO Trust等)を擁し、累計10兆ドル・年間4兆ドル超の取引を保護。月間ステーブルコイン処理額は2,000億ドル超(前年比3倍)に達する。150以上のブロックチェーンに対応し、競合BitGo(69チェーン)の2倍超、Fireblocks Networkの2,400カウンターパーティはBitGo Go Network(約450社)の5倍超を誇る。
競合構造は明確に二分される。BitGo(2026年1月NYSE上場・時価約20億ドル)、Anchorage Digital(米連邦銀行免許保有)、Coinbase Primeは「規制カストディアン」として保険・受託責任で差別化。一方Fireblocksは「セルフカストディ型MPCインフラ」を志向し、規制ライセンスは銀行・トラストパートナーに委ね、自らはテクノロジーレイヤーを独占する戦略を採用する。これにより、規制環境を問わず展開できる中立性と、業界最広のチェーン・通貨カバレッジを両立している。
直近の戦略動向
2026年4月、BBVA・BNP Paribas・ING・UniCreditなど欧州12大手銀行が組成したQivalisコンソーシアムのMiCA準拠ユーロ建てステーブルコイン基盤として採用が公表された。さらにANZやABN AMROの銀行発行ステーブルコインも支援。AIアシスタント「Fireblocks Genie」、AIエージェント連携のMCP統合、TRES統合による監査自動化など、規制対応×AI×トークナイゼーションの三軸で次の成長フェーズに移行している。
【事業開発に関するインサイト】
- 「規制レイヤーは銀行、技術レイヤーはSaaS独占」という業界構造の固定化:Fireblocksが規制ライセンスを持たないにもかかわらず欧州12行のユーロ・ステーブルコイン基盤に選定された事実は、機関投資家向けデジタル資産市場が「規制責任は銀行・トラストが負担し、技術スタックは中立SaaSが独占する」という分業構造に収斂しつつあることを示す。日本企業が同領域に参入する場合、ライセンス取得競争よりFireblocks上のアプリケーション層(コンプライアンス、税務、AI分析)への投資が現実解となる。
- 隣接領域M&Aによる"オンチェーン版ERP"の覇権争奪:Dynamic買収(B2Cウォレット)→TRES買収(会計・監査)と続く水平統合戦略は、Fireblocksが単なるカストディ事業者から「デジタル資産のオペレーティングシステム」への進化を志向していることを明示する。個別機能で勝負する単機能SaaSは買収対象となるか、Fireblocks上のアプリとして組み込まれる二択に追い込まれる構造が形成されつつある。
- カストディからペイメント・レールへの価値移転:2025年のステーブルコイン取引額は33兆ドルとVisa+Mastercardを上回り、Fireblocksは月2,000億ドル超を処理する。これはカストディ収益(サブスク型)より決済レール収益(取引高連動型)の方が遥かに大きいことを意味し、現行のSaaSモデルから将来的なトランザクション課金モデル("Shopify化")への転換余地が80億ドル評価額の追加アップサイドを構成する。
出典: Fireblocks公式サイト(fireblocks.com)/ Fortune(2026年1月7日)/ CoinDesk / PR Newswire / Sacra / CB Insights / PitchBook / Crypto.news / The Paypers / FintechFutures / Contrary Research
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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