Ordinals/BRC-20が脱税ツールに──イタリア当局、Chainalysis Reactorで「インスクリプション収益化サイクル」を解明

事件の構造──「インスクリプション収益化サイクル」
イタリア・フォッジャ財務警察(Guardia di Finanza)経済金融警察部隊と、ローマのプライバシー保護・技術犯罪特別部隊は、当初「単純な未申告所得の調査」として着手した案件から、複数年にわたる大規模脱税スキームを掘り起こした。容疑者は、押収されたLedger製ハードウェアウォレットを起点に、Ordinalsプロトコルでサトシ単位にデータを刻む「インスクリプション」を行い、BRC-20規格で代替可能トークンを発行。マーケットプレイスで原価の数倍で売却し、得たBTCを主要ウォレットクラスタへ還流させ、再びインスクリプション原資に充てるという循環構造を構築していた。総額は100万ユーロ(約1.16百万ドル/およそ1.7億円)超の未申告キャピタルゲインに達し、加えて公的補助金の不正受給も併発していた。
解明の決め手──Reactorとアドレスクラスタリング
捜査の中核を担ったのはChainalysisの分析ツール「Reactor」である。ハードウェアウォレットが自動生成する複数の受取アドレス群は、Bitcoinの UTXO(未使用トランザクション出力)モデル上で取引履歴を分散させるが、所有権ヒューリスティクスを用いたアドレスクラスタリングにより、断片的に見えた取引群が一貫した収益生成パターンとして可視化された。最終的に、KYC情報を保有する中央集権型取引所のレコードと突合することで、オンチェーンの活動と実在の人物が結びつけられた。
構造的背景──Ordinals/BRC-20の拡大と税務当局のキャッチアップ
2023年に登場したOrdinalsとBRC-20は、Bitcoinネットワーク上にスマートコントラクトなしでNFT・代替可能トークンを実装する規格として急成長し、業界レポートでは2023年から2024年初頭にかけてBitcoinのトランザクション手数料の約22%をインスクリプション関連が占めたとされる。一方、米国の暗号資産保有者で利益を申告しているのは推計32〜56%、ノルウェーでは12%に留まり、税務遵守の遅れは構造的課題である。OECDが策定した暗号資産等報告枠組み(CARF)は2026年1月1日に日本でも施行され、2027年に48か国超で初回の情報交換が予定される。Ordinalsのような新規アセットクラスがCARFの実務対象としてどこまで捕捉されるかが、次の論点となる。
【事業開発に関するインサイト】
- コンプライアンス=匿名性の終焉という市場メッセージ:本件はOrdinals/BRC-20マーケットプレイスや関連ウォレット事業者にとって、「KYC連携を欠いた取引導線」がもはや差別化ではなくリーガルリスクであることを示す。日本国内でCARF施行が始まった2026年において、トラベルルール対応に加え、インスクリプション系資産の取引履歴を税務当局向けに証跡化できる仕組みは、機関投資家マネー取り込みの前提条件になる。
- ブロックチェーン分析ツールはB2B市場として確立フェーズに:ChainalysisのReactorのように、捜査機関の標準ツールとして採用される事例が国境を越えて積み重なっており、分析プラットフォーム市場は「金融機関のAML向け」から「税務・補助金不正・労務犯罪まで横断する公共調達市場」へ拡張している。日本の事業者にとっては、海外パートナーとの連携や国内向けローカライズ版の提供余地がある。
- NFT/インスクリプション系プロダクトの設計に「税務UX」を組み込む競争:Ordinals/BRC-20系のマーケットプレイスや発行ツールが、ユーザー側のキャピタルゲイン自動計算・CARF対応レポート出力を提供できれば、規制下での正当な投資チャネルとしての地位を確立できる。逆にこれを怠ると、本件のような摘発事例が積み重なるたびに「脱税ツール」のラベリングが強まり、ブランド毀損と機関投資家からの忌避が加速する。
【引用:出典】
- Chainalysis公式ブログ「How Blockchain Intelligence Uncovered a Million-Euro Bitcoin Ordinals Tax Fraud Scheme」(2026年5月20日)https://www.chainalysis.com/blog/italy-guardia-di-finanza-bitcoin-ordinals-tax-fraud-scheme/
- NADA NEWS「OrdinalsやBRC-20が所得隠しに使われ始めている:Chainalysis」https://www.nadanews.com/351504/
- Cointelegraph「Tax evaders are trying 'novel digital assets' to dodge authorities: Chainalysis」https://cointelegraph.com/news/criminals-attempt-to-use-bitcoin-ordinals-to-evade-authorities-chainalysis
- Crypto.news「Crypto tax evaders test Ordinals but leave Bitcoin trail: Chainalysis report」https://crypto.news/crypto-tax-evaders-test-ordinals-but-leave-bitcoin-trail-chainalysis-report/
- Bitcoin.com News「Italy Traces €1 Million in Undeclared Bitcoin Ordinals Gains」https://news.bitcoin.com/italy-traces-e1-million-in-undeclared-bitcoin-ordinals-gains/
- Cryptopolitan「Bitcoin ordinals $1.1 million tax fraud scheme busted in Italy」https://www.cryptopolitan.com/bitcoin-ordinals-tax-fraud-busted-italy/
- 国税庁「暗号資産等報告枠組み(CARF)に基づく自動的情報交換に関する情報」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kokusai/carf/index.htm
- PwC Japan「日本版CARF(暗号資産等報告枠組み)導入」https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/tax-jtu/20260105.html
- EY Japan「日本版CARFの導入および日本版CRSの改正と関連当局の動向」https://www.ey.com/ja_jp/technical/ey-japan-tax-library/tax-alerts/2024/tax-alerts-02-02-02
- Review of Accounting Studies (2026)「米国暗号資産保有者の申告率に関する研究」https://link.springer.com/article/10.1007/s11142-025-09932-1
- NBER Working Paper w32865「ノルウェーにおける暗号資産税務遵守」https://www.nber.org/system/files/working_papers/w32865/w32865.pdf
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
免責事項
本レポートは、暗号資産および関連市場に関する情報提供のみを目的として作成されたものであり、特定の暗号資産の購入、売却、保有その他一切の取引行為を推奨・勧誘するものではありません。また、金融商品取引法その他の関連法令に定める投資助言、投資勧誘、または金融商品の販売・媒介に該当するものではなく、税務・法務・会計上の助言を構成するものでもありません。
本レポートに記載された情報は、作成時点において信頼できると判断した情報源に基づいておりますが、その正確性、完全性、最新性、有用性等について当社は何ら保証するものではありません。暗号資産は価格変動が大きく、元本の毀損その他の損失が生じるリスクを伴います。投資判断は、利用者ご自身の責任と判断において行っていただくものとし、本レポートの利用に起因して生じたいかなる損害についても、当社は一切の責任を負いかねます。
ブロックチェーン新規事業のご相談
Cabinetでは、アイデア段階からの壁打ち、技術検証(PoC)、そして実装・運用まで一気通貫で伴走する事業開発コンサルティングを提供しています。まずはお気軽に無料相談をご利用ください。
ETHGas:イーサリアム・ブロックスペース予約市場が拓くリアルタイム経済圏 ― ガス代の予測可能性と日本の機関投資家コンプライアンス論点
LINEの「Unifi」がJPYC正式対応──1億人超ユーザー基盤上で日本円ステーブルコインの日常決済が始動
ニュースレターに登録する
本レポートに掲載した内容に加え、業界の最新情報・未公開レポートをメールでお届けします。

