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Fireside Crypto
2026年06月01日

FIFAの「チケット購入権(RTB)」を分解する——なぜそれはブロックチェーン上で動くのか

FIFAの「チケット購入権(RTB)」を分解する——なぜそれはブロックチェーン上で動くのか

RTBとは何か——「チケット」ではなく「買う権利」

RTB(Right-to-Buy)は、チケットそのものではなく「将来チケットを買える優先権」を表すデジタル資産(NFT)である。仕組みはこうだ。ファンは応援するチームに紐づくRTBを999ドル(約16万円)前後で購入する。そのチームが勝ち上がって試合が実現すれば、保有者は額面でチケットを購入できる。負ければ権利は行使されず、RTBはほぼ無価値になる。つまり保有者が負うのは最初に払った代金だけで、額面での購入は「義務」ではなく「権利」だ。この非対称性ゆえに、RTBは先物よりもコールオプションに近い。

RTBの価格は何を表すのか

重要なのは、RTBの代金がチケット価格の「代わり」ではなく「上乗せ」である点だ。チームが勝ち上がれば、保有者はRTB代金に加えて額面も支払う。ではRTBの価格は何を映すのか。それは「不確実性下でチケットを確保できる権利の価値」、すなわちチームの勝ち上がり確率に応じた期待値である。前回大会では340万席に2,300万件の希望が殺到した。この極端な希少性の下では「額面で買える権利」自体に価値が生まれる。二次流通市場で強豪チームのRTBが最大3万ドル(約470万円)まで高騰したのは、勝ち上がり確率の高さを市場が織り込んだ結果だ。見方を変えれば、RTBは「額面+希少性プレミアム」という本当の市場価格のうち、これまで転売業者が奪っていたプレミアム部分を切り出して可視化する仕組みでもある。

なぜオンチェーンでやるべきなのか

RTBの設計は、ブロックチェーンの特性とほぼ一対一で対応する。第一に真贋証明。各RTBは複製不能で来歴が改ざんできない一意のトークンであり、偽造とダフ屋を構造的に排除する。第二にプログラム可能な二次流通。スマートコントラクトで転売価格の上限とロイヤリティ(手数料)を自動執行でき、FIFAは転売のたびに継続的に収益を得る。「売り切り」だった希少性プレミアムを、発行体が捕捉し続けられる構造への転換だ。第三に条件付き執行。「チームが勝ち上がれば行使可能」という条件は、スマートコントラクトとして信頼を要さずに自動執行できる。第四にグローバル即時決済。取引はAvalanche上のUSDC(ステーブルコイン)で清算され、世界中のファンが銀行営業時間や国境を越えて24時間決済できる。第五に処理能力。FIFAは2025年5月にAvalanche上の独自レイヤー1(Modexが技術提供)を立ち上げ、需要急増を専用チェーンで吸収した。実際、開幕前の数日で6万件超・取引量24倍・アクティブアドレス約10倍、週次では761%増という急騰を記録している。中央集権データベースでも「予約」自体は可能だが、自己保有できる譲渡可能資産・透明な来歴・自動執行される転売ルールを世界規模で同時に成立させることはできない。これがオンチェーン化の本質的理由である。

残る論点——可換性が招いた規制リスク

ただし、RTBを自由に売買できる資産にしたことで、価格が勝敗確率で変動する「賭けに似た」性質も生まれた。スイスの賭博監督機関Gespaは無許可賭博の疑いで刑事告発し、米ニューヨーク・ニュージャージー両州司法長官も調査を開始している。利便性と投機性は表裏一体であり、設計時点での線引きが問われている。

【事業開発に関するインサイト】

  1. 「プログラム可能な権利」の商品化は、二次流通を負債から収益源へ変える——従来、希少性プレミアムは転売業者に流出する「漏れ」だった。スマートコントラクトでロイヤリティと価格上限を自動執行すれば、発行体は取引のたびに継続収益を得られる。新規事業にとって、これは「売り切り型」から「ライフサイクル課金型」への転換であり、オンチェーン化が生む経済価値の核心である。
  2. ブロックチェーン採用の判断は「思想」ではなく「機能要件」で行う——FIFAが選んだ理由は分散思想ではなく、真贋証明・自動執行・グローバル即時決済という具体的要件だった。新規事業がオンチェーンを採るべきかは、(a)所有・来歴を信頼なしに検証する必要があるか、(b)取引ルールを自動執行する必要があるか、(c)国境を越えた即時決済が要るか、で判断できる。いずれにも当てはまらなければ中央集権型で十分である。
  3. 「取引可能にする」ことは商品の規制分類そのものを変えうる——RTBに流動性と価格発見機能を与えた瞬間、それは単なるチケット予約から投機・賭博に隣接する金融的商品へと性質を変え、複数法域の規制対象になった。新規事業で「資産を譲渡可能・取引可能にする」設計は価値を解放する一方で、金融・賭博規制を呼び込む。流動性付与の意思決定には、規制分類の変化を初期から織り込む必要がある。

【引用:出典】

  • CoinDesk「Avalanche Network Explodes as FIFA World Cup Drives 60,000 Blockchain Ticket Transactions」(2026年6月1日)
  • Cointrust「FIFA World Cup Ticketing Drives Avalanche Blockchain Growth」(2026年6月)
  • gncrypto.news「FIFA World Cup Sparks 60,000+ Ticket Transactions on Avalanche」(2026年6月2日)
  • Avax.network「The Future of Ticketing」(ケーススタディ)
  • blockchain.news「Avalanche Blockchain to Revolutionize Ticketing at Copa América de Béisbol 2025」(2025年11月)
  • Blockchain Magazine「FIFA Blockchain On Avalanche」(2025年6月)
  • Decrypt / Yahoo Sports「FIFA Hit With Swiss Criminal Complaint Over NFT World Cup Ticket Vouchers」(2025年10月)
  • Yahoo Finance「Is a FIFA Crypto Coming? Blockchain World Cup Tickets Probed」(2025年10月)
監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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