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2026年06月12日

「強制清算」のない金融へ──ブテリン氏が挑むDeFi再設計を、専門用語なしで読み解く

「強制清算」のない金融へ──ブテリン氏が挑むDeFi再設計を、専門用語なしで読み解く

そもそも「強制清算」とは何か

DeFiでは、自分の暗号資産(たとえばETH)を「担保」として預け、その価値の範囲内でお金(合成ドルなどのステーブルコイン)を借りられます。住宅を担保にお金を借りるのに似ています。問題は、担保の価格が下がったときです。担保価値が借入額に対して一定ラインを割ると、システムが自動的に担保を売り払って貸し手のお金を回収します。これが「強制清算」です。本人の意思とは関係なく、機械的に売られてしまう点がポイントです。

なぜ強制清算が市場全体を揺らすのか

平常時はこの仕組みでうまく回ります。怖いのは急落時です。価格が急に下がると、多くの人の担保が同時に清算ラインを割り込みます。すると一斉に強制売却が発生し、その売りがさらに価格を押し下げ、次の清算を呼ぶ──というドミノ倒しが起きます。実際、2026年6月第1週にはBTC・ETHがともに30日間で30%超下落するなかで約100億ドルの清算が発生しました。この急落は、5月に米国のBTC・ETHのETFから27億ドルの資金が流出したことが引き金になったとされます。

もう一つの弱点が「オラクル」です。ブロックチェーンは外の世界の価格を自分では知らないため、価格を教える仕組み(オラクル)に頼ります。清算は、このオラクルが伝えるリアルタイム価格で自動発動します。つまりオラクルが一瞬でも誤った値や操作された値を出すと、本来不要な清算が連鎖しかねない。ブテリン氏は、少数の情報源に頼るリアルタイムのオラクルこそ、攻撃者に狙われる「急所」だと長く警告してきました。

ブテリン氏の提案:「借金」ではなく「オプション」を土台にする

新案の核心はシンプルです。1ETHを、価格に応じて価値が変わる2枚の券「P」と「N」に分割します。Pは価格が上がると得をし、Nは下がると得をする関係で、両者を足すと常にぴったり1ETHに戻る設計です。1枚のパイを事前に決めたルールで2切れに分け、実際に切り分けるのは満期のときだけ──というイメージです。

この設計だと、価格がどう動いても全体の取り分が元手(1ETH)を超えないため、原理上「お金が足りなくなる=破綻する」状況が起きません。破綻がないので、清算エンジンそのものが不要になります。さらに精算は満期に一度だけ行えばよいので、リアルタイムの高頻度な価格フィードに頼らず、時間をかけて異議申し立てもできる「ゆっくりしたオラクル」で済みます。これがブテリン氏の主張の中心です。

なぜ今、この主張なのか

提案の切実さは、直近の事件が裏づけます。2026年4月、レンディング最大手Aaveでは、KelpDAO関連の不正利用(約2億9200万ドル)をきっかけに48時間で84億5000万ドルもの資金が流出。裏付けのないトークンが担保に使われており、通常どおり清算すればシステム全体が揺らぐ恐れがあったため、Aaveは該当市場を凍結する緊急対応を迫られました。6月11日時点でもAaveの預かり資産はハッキング前の約半分にとどまっています。「平常時は動くが、危機時に壊れる」という現行設計の弱さが、提案の必然性を高めているのです。

ただし万能ではありません。清算がない代わりに、放置すると持ち高が目標値から徐々にズレるため、利用者は定期的な調整(リバランス)が必要で、その手数料やコストが新たな論点になります。提案はまだ研究・テスト段階で、Aaveなど主要プロトコルが採用したわけではありません。

【事業開発に関するインサイト】

  1. システムは「平常時」ではなく「ストレス時」を基準に設計すべきである。普段は問題なく動くのに、危機の局面でだけ崩れる仕組みは、それ自体が構造的欠陥といえる。あらゆる事業・プロダクトにおいて、最も負荷がかかる最悪のシナリオでの挙動を起点に設計し、平時の効率より有事の堅牢性を優先する発想が、信頼の土台になる。
  2. 「単一の情報源・単一の発動条件」への依存は、システム全体の急所になる。リアルタイムの価格データや、しきい値を超えると一斉に作動する自動執行のように、一点に依存し連動性の高い設計は、そこを突かれると連鎖的に崩れる。冗長性、時間的な緩衝(バッファ)、異議申し立ての余地を組み込み、「一発で倒れない」構造をつくることが要点である。
  3. ゼロから作らず、成熟した既存の枠組みを「転用」することがイノベーションを生む。今回の案は、金融で長年使われてきたオプションの考え方や、すでに稼働する予測市場の仕組みを別領域に応用したものだ。確立された仕組みを流用すれば、インフラを共有でき、安全性と開発速度を同時に高められる。新規事業でも「隣接領域の枯れた技術を持ち込めないか」を問う姿勢が有効である。

【引用:出典】

  • NADA NEWS「ヴィタリック・ブテリン氏、DeFiの強制清算をなくす新案を提案」(2026年6月12日)
  • CoinDesk「Ethereum's Vitalik Buterin is rethinking how DeFi handles market crashes」(2026年6月1日)
  • Cryptopolitan「Options over debt: Vitalik proposes abandoning CDPs and liquidations in DeFi」
  • Crypto Times「Vitalik's Options-Based DeFi Moves From Idea to Testnet」(2026年6月11日)
  • Memeburn / Crypto Economy(P+N=1ETHの設計、ゆっくりしたオラクル、リバランスの論点)
  • KuCoin News「Vitalik Proposes a New DeFi Risk Model to Replace Flash Liquidations」
  • CoinMarketCap(6月第1週 約100億ドルの清算)、DeFiLlama(AaveのTVL推移)
監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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