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2026年07月28日

誰がインフラを「所有」するのか——欧州10行の協同組合型ブロックチェーンRL1と、Visaの全レイヤー戦略

誰がインフラを「所有」するのか——欧州10行の協同組合型ブロックチェーンRL1と、Visaの全レイヤー戦略

協同組合という統治形態を選んだ理由

2026年7月28日、フランクフルトとルクセンブルクで発表されたRL1は、規制対象の金融市場向けに設計された中立的かつ協働型の分散型台帳ネットワークである。ルクセンブルクに本拠を置く欧州協同組合法人(Société Coopérative Européenne、SCE)として法人化され、同日運用を開始した。

創設メンバーは、ABN AMRO(オランダ)、セカバンク(スペイン)、チャータード・インベストメント、クレディ・ミュチュエル・アリアンス・フェデラル(フランス)、デカバンク、DZバンク、LBBW(いずれもドイツ)、ナティクシスCIB(フランス)、SCベンチャーズ、セチュリオンの10社。ドイツの政府系開発銀行KfWとL-Bankは、それぞれ2025年、2026年から参画しており、引き続き支援を継続する。加えて、フェーズ1に参加していたナットウエストを含む複数の欧州大手銀行と、参加に向けた具体的な協議が進行中とされる。

設計思想の核心は、統治権が加盟機関のみに帰属し、全メンバーが対等な意思決定権を持つという点にある。公式発表は、単一の機関やノード運営者のグループがネットワークに対して不当な支配力を行使しないことを保証する仕組みだと説明している。ネットワーク開発、技術更新、戦略方針のいずれについても、参加銀行は同じ一票を持つ。

SWIATから引き継いだ実績と、欧州が抱える分断

RL1のインフラは、ドイツのフィンテック企業SWIATが開発した本番稼働中のDLTネットワークを基盤としており、その所有権が新設の協同組合へ移管された。SWIATは2022年にフランクフルトで設立され、ドイツの電子有価証券法(eWpG)に基づく規制対象の登録機関業務も運営している。株主にはデカバンク、LBBW、SCベンチャーズ(スタンダードチャータード)、フィンテックのComynoが名を連ねる。

同プラットフォームは協同組合型モデルへ移行するまでの3年間の本番運用で、総額7億ユーロ(約8億800万ドル)を超える50件以上の機関向け取引を処理した。SWIATのソフトウェアはRL1と完全な互換性を持ち、債券のトークン化といったユースケースを即座に実装できるとされる。BaFinの監督下にあるドイツの電子有価証券登録簿を含む既存のアプリケーション群はSWIATに残るが、RL1上で稼働するかたちへ移行する。

RL1が対象とするのは、トークン化債券、デジタルキャッシュ、担保管理、ブロックチェーンを用いた決済といった、規制対象の機関向け業務である。公式発表は立ち上げの背景として、トークン化がパイロット段階からスケーラブルな市場インフラへ移行しつつあること、そして欧州中央銀行が進めるPontesとAppiaという二つの取り組みを明示的に挙げている。Pontesは中央銀行マネーによるDLT決済を可能にする短期的な相互運用ソリューションで、2026年第3四半期の稼働開始が予定されている。Appiaは、より統合された長期的なエコシステムを構想する枠組みだ。つまりRL1は、公的な決済アンカーが整備されつつある欧州で、民間側の受け皿を先回りして共同構築する動きと読める。

Visa:「AIが表を、ステーブルコインが裏を作り替える」

同じ週、Visaは2026会計年度第3四半期の決算を発表した。純売上高は116億ドルで前年同期比14%増、非GAAP基準の1株当たり利益は3.32ドルで11%増と、いずれも市場予想を上回った。四半期の決済取扱高は同社史上初めて4兆ドルを突破し、処理取引件数は10%増の720億件、クロスボーダー取引高は13%増となった。付加価値サービスの売上高は為替一定ベースで34%増の38億ドルに達し、総売上高の約3分の1を占める。一方で同社は主に技術・製品部門を対象とする人員削減を発表し、5億6,300万ドルの退職関連費用を計上した。

決算説明会でVisaが示したステーブルコイン戦略は、従来の決済実験の枠を大きく超えるものだった。同社は、ブロックチェーン、発行、ウォレット、インフラおよびオーケストレーション、アプリケーションという各レイヤーに投資していると述べ、当四半期は発行層とアプリケーション層で進展があったとした。具体的には、グローバルな資金移動を目的にステーブルコイン「Open USD(OUSD)」の発行を計画するOpen Standardコンソーシアムへの参加と、「Visa Stablecoin Platform」の提供開始である。同プラットフォームは金融機関や決済パートナーがステーブルコインの発行、償還、保管、移転を行える基盤で、オンチェーンのWallet-as-a-Service機能と銀行口座接続を備え、まずOUSDに対応する。

注目すべきは、Visaが特定の勝者を選ばない姿勢を明言した点だ。経営陣は長期的にマルチコイン・マルチチェーンの立場を維持するとし、既存のステーブルコイン決済パイロットは9つのブロックチェーンに対応、年換算ベースで70億ドルの流通規模に達している。さらに同社は、銀行が従来の預金をプログラム可能なデジタルマネーへ転換するための技術基盤を構築し、コアバンキング基盤Pismoを通じて既存システムからの段階的移行を支援する方針を示した。第三者のトークン化預金プロバイダーにも対応できる柔軟性を確保するという。最高製品・戦略責任者のジャック・フォレステル氏は、AIが商取引のフロントエンドを、ステーブルコインがバックエンドを作り替えていると表現している。

三つのガバナンスモデルが並走している

ここ数週間の動きを並べると、トークン化された金融インフラをめぐって三つの統治モデルが同時に走っていることが見えてくる。第一に、J.P.モルガンのKinexysに代表される単一銀行が所有・運営する専有型。第二に、BISのプロジェクト・アゴラや欧州中央銀行のPontesのような、公的セクターが招集する中立基盤。そして第三が、今回のRL1が示した業界共同保有型である。

三者は競合するというより、異なる問いに答えている。専有型はスピードと統合品質に優れるが、参加者は特定行の顧客基盤に限られる。公的基盤は最も中立だが、商用化までの時間軸が長い。協同組合型はその中間で、民間の実装速度を保ちながら単一企業への従属を避ける設計だ。RL1が「異なるDLTネットワークによる既存の市場分断を克服する」ことを掲げた背景には、各行が個別に台帳インフラを構築した結果、相互につながらない島が乱立した反省がある。そしてVisaは、これらのどれにも属さず、すべての上に乗るオーケストレーション層を取りに行っている。

事業開発インサイト

  1. インフラの所有形態そのものが、日本の金融機関にとっての戦略的意思決定になった。RL1が示したのは、トークン化基盤を「自社で持つか、他社のものに乗るか」という二択ではなく、「業界で共同保有する」という第三の選択肢である。全メンバーが対等な議決権を持つ協同組合構造は、技術的な優劣ではなく、ベンダーロックインと支配権集中への懸念に対する制度的な回答だ。日本でも複数の共同基盤構想が並走しているが、参加を検討する際の評価軸は機能一覧ではなく、議決権の配分、料金決定の透明性、脱退時のデータ可搬性といったガバナンス条項に置くべきである。技術は移行できるが、統治構造は後から変えられない。
  2. 収益機会は台帳そのものではなく、その上のオーケストレーション層にある。Visaがブロックチェーン層から発行、ウォレット、インフラ、アプリケーションまで各レイヤーに投資し、なおマルチコイン・マルチチェーンの中立を宣言したことは示唆的である。前回のレポートで指摘したトレジャリー・オーケストレーションの論点と同じ構図であり、決済の巨人が自ら「どのチェーンが勝つか」を賭けずに、すべての上に立つ位置を選んだことの意味は大きい。日本の決済事業者や銀行が取るべきポジションも同様で、単一の基盤に賭けるのではなく、複数の基盤を業務側から一つに見せる接続・変換・統制のレイヤーに投資するほうが、リスク調整後のリターンは高い。
  3. 中立性と相互運用性は、もはや技術要件ではなく調達要件である。RL1が欧州中央銀行のPontesとAppiaを公式発表で明示的に参照したことは、民間基盤が公的決済アンカーへの接続可能性を前提に設計されるようになったことを意味する。Visaが第三者のトークン化預金プロバイダーへの対応余地を確保すると述べたのも同じ論理だ。日本企業がトークン化基盤のパートナーを選定する際には、機能や手数料に加えて、公的インフラとの接続計画、標準規格への準拠、他基盤との相互運用の実績という三点を必須の確認項目とすべきである。単独で完結する高性能な基盤より、他とつながる平凡な基盤のほうが、5年後の資産価値は高い可能性がある。

出典

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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