国債をトークン化せずにオンチェーン化する ― MUFGが選んだ「振替口座簿との連動」という設計思想

実証の核心は「国債をトークン化しない」という判断にある
三菱UFJフィナンシャル・グループ、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、三菱UFJ信託銀行、三菱UFJ銀行の4社は8月13日、Digital Asset Holdings社およびProgmat社とともに、日本国債レポ取引のオンチェーン化に関する実証実験の協業開始を発表した。基盤には機関投資家向け金融に特化したブロックチェーンであるCanton Networkを用いる。本実証は、2026年2月に金融庁の「決済高度化プロジェクト(PIP)」の支援決定を受けた案件の一部として実施される。
発表資料が明示する設計方針は明快である。国債の振替国債としての法的性質は維持したまま、ブロックチェーンと連動して口座管理機関が保有する振替口座簿を更新する。つまり、権利の所在を示す正本はあくまで既存の振替制度側に置き、ブロックチェーンはその状態変化を同期させる役割を担う。日本経済新聞の先行報道によれば、国債そのものをトークン化して「デジタル国債」を発行する案も検討されたが、法的論点の整理が済んでいないことを理由に見送られた。
これは技術的な妥協ではなく、戦略的な順序の選択と読むべきである。権利のトークン化には法改正または解釈の確立を要し、その待機時間は数年単位になりうる。一方、決済プロセスのオンチェーン化は現行法の枠内で着手できる。MUFGは、法制度が動くのを待たずに稼働できる範囲を切り出したことになる。
T+1が生む待機資金と、日中レポという未踏の市場
対象となるレポ取引は、金融機関が国債を担保に短期資金を貸借する取引を指す。日本経済新聞によれば、その残高は2025年時点で270兆円規模に達する。現在の決済は約定から1営業日を要するT+1が標準であり、金融機関は決済のズレに備えて余剰資金を確保せざるを得ない。即時決済が実現すれば、この資金拘束の期間が短縮される。
金融安定理事会(FSB)が2026年2月4日に公表した報告書によると、国債を担保とする世界のレポ残高は2024年末時点で約16兆ドル(約2,560兆円、1ドル=160円換算)で、全レポ取引残高の約8割を占める。地域別では米国が約6割、英国とユーロ圏が各15%程度、日本が約10%である。日本市場は単独で世界の1割を担う規模を持ちながら、決済時間は平日の日中帯に限られてきた。海外投資家から時差の影響で取引しづらいとの指摘が出ていたことも、日経は伝えている。
さらに重要なのは、欧米で商用化が進む「日中レポ」――取引当日に開始し当日に終了する超短期の資金調達――が、日本にはまだ市場として存在しないという点である。決済に1営業日を要する環境では、そもそも数時間だけ資金を借りるという商品が成立しない。オンチェーン化は既存市場の効率化にとどまらず、新しい期間帯の市場を創出しうる。
先行する米国が示した二つの型
米国では二つの異なるアプローチが並走している。JPモルガンは自社ブロックチェーン基盤Kinexys上で日中レポのアプリケーションを稼働させ、同社の説明によれば累計取引額は3,000億ドル(約48兆円)に達している。銀行が自らのバランスシートと台帳を握ったまま、内部完結型で回す型である。
もう一つが市場インフラ型だ。証券保管振替機関DTCCは、2025年12月にDigital Asset社と提携し、DTCに保管された米国債をCanton Network上でトークン化する取り組みを開始した。米SECの2025年12月のノーアクションレターにより、ラッセル1000構成銘柄、主要インデックスETF、米国債を対象とする3年間の枠組みが認められている。2026年7月に限定的な本番取引を開始し、10月にフルサービス開始を予定する。50社超の金融機関が参加する。
MUFGの実証は、構図としては後者に近い。中央の登録簿を持つ主体がブロックチェーンと接続するという点で、DTCCモデルの日本版である。ただし決定的な違いは、DTCCが中立的な市場インフラであるのに対し、MUFGは市場参加者・口座管理機関・預金取扱金融機関という三つの役割を自グループ内に同時に保有している点だ。発表資料でも、市場参加者を三菱UFJモルガン・スタンレー証券と三菱UFJ銀行、口座管理機関を三菱UFJ銀行と三菱UFJ信託銀行、預金取扱金融機関を三菱UFJ銀行と明記している。境界を内部化できる主体だからこそ、単独グループでの実証が成立する。
誰が「接続装置」を握るのか
Progmat社の役割は、既存実務を分析したうえで、振替口座簿を中核とする現行システムとCanton Network等のブロックチェーンをつなぐ中間装置、および機関投資家向けオンチェーン・レポ市場インフラとの連携装置をプロダクト化することにある。Secured Finance AG社は、レポ取引のライフサイクル全般をレンディング・プロトコルとしてスマートコントラクト化する。同社はUBSのトークン化MMF「uMINT」における担保活用基盤も提供している。
業界横断の枠組みも並行して動く。Progmat社が主催するデジタルアセット共創コンソーシアム(会員331組織)は5月8日、トークン化国債・オンチェーンレポ ワーキング・グループを設置し、3メガバンクに加えブラックロック・ジャパンやステート・ストリート信託銀行など40超の組織が参加している。10月をめどに報告書の公表が予定される。国内では、みずほフィナンシャルグループと野村ホールディングスも4月から国債担保のデジタル管理に関する実証を進めている。
現金レッグの整備も同時進行だ。MUFGは6月10日、3行共同発行ステーブルコインについて2026年度中の実取引開始と協議会設置を公表している。担保レッグと現金レッグが同じ年度に交差する見通しであり、2026年度は日本のオンチェーン金融にとって配管が接続される年になる。
事業開発インサイト
- 参入点は「トークン化」ではなく「登録簿との連動装置」にある。 本実証が示したのは、権利そのものをトークン化しなくてもオンチェーン決済は成立するという事実である。裏を返せば、既存の振替口座簿と分散型台帳の状態を整合させる中間装置こそがボトルネックであり、そこに実務知見と実装能力を持つ事業者は不可欠な位置を占める。Progmat社がこの役割を担っている構図は、資産のトークン化事業を検討する企業にとって示唆的だ。トークン発行の器を作るより、既存レジストリとの接続仕様を握るほうが、はるかに代替されにくいポジションになる。
- 役割の垂直統合が実証速度を決めている。 MUFGが単独グループで実証を成立させられるのは、市場参加者、口座管理機関、預金取扱金融機関という三つの役割を同時に保有しているためである。この構造を持たない金融機関や事業会社は、実証段階から複数主体の合意形成が必要となり、必然的にコンソーシアム型を選ばざるを得ない。自社がどの役割を欠いているかを先に特定し、その役割を持つ相手との提携を早期に固めることが、参入タイミングを左右する。逆にいえば、口座管理機関の資格を持つことの戦略的価値は、これまで想定されてきた以上に大きい。
- 担保レッグと現金レッグの整備順序を読み違えない。 オンチェーン・レポが成立するには、優良担保である国債側と、決済に使うデジタルマネー側の両方が揃う必要がある。日本では2025年10月のJPYC発行を起点に現金レッグが先行整備され、担保レッグの検討が2026年に本格化した。3行共同ステーブルコインの実取引開始が2026年度中に予定されていることを踏まえると、両者が接続する時期は2026年度末から2027年度にかけてと見込まれる。この時間軸は、トークン化資産や担保管理関連のサービスを企画する際の逆算基準になる。2027年度の商用化を前提に、2026年度中に相互接続の技術要件を固めておく判断が求められる。
出典
- CoinPost「MUFG、国債レポの即時決済へブロックチェーン活用 27年度=日経」(2026年8月13日) https://coinpost.jp/?p=730882
- 三菱UFJフィナンシャル・グループ他3社「日本国債(JGB)レポ取引のオンチェーン化に係る実証実験開始について」(2026年8月13日) https://www.mufg.jp/dam/pressrelease/2026/pdf/news-20260813-002_ja.pdf
- 日本経済新聞「国債の即時取引始動へ 三菱UFJが27年度にも、ブロックチェーン活用」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB048PJ0U6A800C2000000/
- あたらしい経済「プログマら、『トークン化国債』WG設置。日本国債のトークン化とT+0レポ取引を検討」(2026年5月8日) https://www.neweconomy.jp/posts/572117
- Secured Finance AG プレスリリース「Progmat/DCCの『トークン化国債・オンチェーンレポWG』にレンディングプロトコル領域で参画」(2026年5月8日) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000172212.html
- 齊藤達哉(Progmat)「【速攻解説】MUFGが挑む『国債レポのオンチェーン化』とは?」 https://note.com/tatsu_s123/n/nc27cd0217eb1
- Financial Stability Board "Vulnerabilities in Government Bond-backed Repo Markets"(2026年2月4日) https://www.fsb.org/uploads/P040226.pdf
- J.P. Morgan "Blockchain Asset Tokenization with Kinexys" https://www.jpmorgan.com/insights/payments/blockchain-digital-assets/blockchain-kinexys-asset-tokenization
- Canton Network / DTCC "DTCC and Digital Asset Partner to Tokenize DTC-Custodied U.S. Treasury Securities on the Canton Network"(2025年12月17日) https://www.canton.network/canton-network-press-releases/dtcc-and-digital-asset-partner-to-tokenize-dtc-custodied-u.s.-treasury-securities-on-the-canton-network
- CCN "DTCC to Tokenize Russell 1000 Stocks and Treasuries in July Pilot" https://www.ccn.com/news/crypto/dtcc-launch-tokenized-stocks-etfs-treasuries-july-2026/
- 株式会社三菱UFJ銀行「3行共同発行ステーブルコインの2026年度中の実取引の開始と共同で検討を進めるための協議会の設置について」(2026年6月10日) https://www.bk.mufg.jp/news/news2026/pdf/news0610.pdf
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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