トヨタが証券会社を外した──自己募集デジタル社債が示す「流動性を捨てて仲介を不要にする」設計

第2回債の条件と、第1回からの変化
募集期間は8月18日から9月2日17時まで、発行日は10月27日、償還日は2027年10月27日。各社債の金額は10万円で、申込可能額は10万円から9,990万円まで。日本格付研究所(JCR)から最上位のAAA格を取得している。正式名称は「第2回無担保セキュリティトークン社債(社債間限定同等特約および譲渡制限付)」であり、原則として満期前に売却できない。愛称は「TOYOTA Wallet つむぐボンド」だ。
第1回債は2025年2月20日から27日に募集し、3月3日に発行された。発行総額10億円、1口10万円で1万口という設計で、販売開始直後に完売している。このとき引受会社は大和証券、社債管理者は三菱UFJ銀行、社債原簿管理人は三菱UFJ信託銀行、基盤はProgmat社の「Progmat(SaaS)」だった。
第2回債では、この座組みがほぼ総入れ替えとなった。基盤はブーストリーが提供するコンソーシアム型ブロックチェーン「ibet for Fin」、ファイナンシャルアドバイザーはSMBC日興証券、社債管理者は三井住友銀行である。そして最大の変化は、引受会社と販売会社が存在しないことだ。SMBC日興証券の役割はアドバイザリーにとどまり、販売は行わない。日本に住所を持つ18歳以上の個人は、TOYOTA Walletのアカウントに加えて専用申込ページでの投資家登録と本人確認を済ませれば、証券口座なしで直接申し込める。払込みは本人名義の銀行口座からのオンライン口座振替に限られ、クレジットカード払いには対応しない。トヨタファイナンス発行のTS CUBIC CARDを持たない層にも開かれている。
なぜ証券会社を外せるのか
法制度の整理を押さえておく必要がある。トークン化された社債は金融商品取引法上「電子記録移転有価証券表示権利等」に該当し、そのうち株式や社債といった第一項有価証券をトークン化したものは日本証券業協会が「トークン化有価証券」と呼ぶ類型に入る。ここで重要なのは、発行体が自ら取得勧誘を行う自己募集の扱いである。集団投資スキーム持分などをトークン化した「電子記録移転権利」では、自己募集であっても第二種金融商品取引業の登録が必要とされる。これに対し、自社の社債については、発行体自身による募集は金融商品取引業に該当しないと整理されている。第三者が発行体から委託を受けて勧誘すれば「募集の取扱い」として登録が必要になるが、発行体が自ら行う限りその必要がない。
つまり、証券会社を外せるのは技術の進歩によるものではなく、もともと制度上そうなっていたということである。ではなぜ従来それが行われなかったのか。答えは、発行体側に投資家との接点も、本人確認や申込受付を処理する仕組みもなかったからだ。トヨタファイナンスにはTOYOTA Walletという決済アプリがあり、そこに投資家登録と本人確認の導線を接続した。ブロックチェーン基盤が果たしているのは、社債原簿の記録と保有者情報のリアルタイム把握であり、それによって申込から保有時の案内、特典提供までを一体で設計できるようになった。同社が自己募集を選んだ理由として挙げているのもこの点である。
「流動性を捨てる」ことで成立した設計
ただし、この設計には見過ごせない前提がある。本社債が譲渡制限付であり、原則として満期前に売却できないという点だ。
トークン化の一般的な訴求は、小口化と流通性の向上によって従来は流動化しにくかった資産に市場を与えることにある。ところがこの社債は正反対で、流通させないことを前提に設計されている。そしてそれが、証券会社を外せる条件でもある。流通市場が存在しなければ、売買を仲介する主体も、気配値を提示する主体も、二次流通の顧客対応を担う主体も必要ない。発行体は募集と償還という二点だけを管理すればよい。証券会社不要という利点は、流動性の放棄と引き換えに得られている。
もっとも、これは大和総研も指摘するように、個人向け社債では一般に満期まで保有し切る投資家が多く、実務上の不利益は限定的とも言える。だが投資家に対しては、この商品が「デジタル化によって便利になった社債」ではなく「流通させない前提で設計された社債」であることが、正確に伝わる必要がある。
特典という第二の利回り
利率は年1.720%(税引前)だが、投資家が受け取る経済的価値はこれだけではない。購入者にはTOYOTA Wallet残高が進呈されるほか、富士スピードウェイの観戦チケットやLEXUS・GR・トヨタ特選旧車の試乗体験といった抽選特典が用意される。TOYOTA・LEXUS車の新車購入時にも所定の条件でTOYOTA Wallet残高が進呈される。
第1回債では、購入額10万円以上40万円未満で1,000円相当、50万円以上90万円未満で5,000円相当、100万円以上で1万円相当という段階的な設計だった。ここには構造的な特徴がある。各区分の下限で購入した場合の還元率は1.0%だが、上限に近づくほど率は低下する。10万円で1.0%、39万9,000円なら0.25%である。つまり少額投資家ほど実効利回りが高く、大口ほど低くなる。1年債で表面利率が1.720%であることを踏まえれば、特典が実効利回りに与える影響は無視できない大きさだ。なお第2回債の特典の詳細は今回の発表時点で確定しておらず、上記は第1回債の設計である。
市場全体の中での位置づけ
国内のセキュリティトークン市場は拡大局面にある。Progmat社の2026年4月時点の資料によれば、国内ST案件残高は6,747億円超、ST発行累計額は3,552億円超に達し、2026年中に案件残高1兆531億円超、発行累計額5,225億円超まで拡大すると想定されている。野村ホールディングスは2026年度の公募ST発行額を単年度2,000億円、累計5,300億円と見込む。ただし、その大半は不動産STが占めており、社債STは大和総研が「トライアル的な発行が続いている段階」と評する規模にとどまる。今回の10億円という発行額も、その文脈で理解する必要がある。
【事業開発に関するインサイト】
- 顧客接点を持つ事業会社にとって、自己募集は現実的な調達手段になった。証券会社を介さないことで、引受手数料と販売手数料が構造的に不要になる。ただし代わりに、本人確認、投資家登録、適合性の確認、苦情・紛争解決の枠組みを発行体が内製化する必要がある。トヨタファイナンスはクレジットカード事業者としてこれらの機能をすでに持っていた。逆に言えば、この手法が使えるのは、既存の顧客基盤と本人確認基盤を持つ事業会社に限られる。金融機関にとっての示唆は、こうした事業会社に対して「引受」ではなく「自己募集の実務基盤」を提供する側に回れるかどうかである。今回SMBC日興証券がファイナンシャルアドバイザー、三井住友銀行が社債管理者という配置に収まったのは、その移行の初期形態と読める。
- 証券会社の収益モデルは、販売手数料から管理・助言・基盤提供へ移る。第1回債で大和証券が担った引受・販売という中核機能は、第2回債では消滅した。残ったのはアドバイザリーと社債管理者という、相対的に単価の低い役務である。一件あたりの経済性は下がるが、発行体の数が増えれば件数で補える可能性はある。証券会社が自社の存在意義を「顧客を持っていること」に置き続ける限り、顧客接点を自前で持つ事業会社の自己募集には対抗できない。むしろ、開示書類の作成、格付取得、条件決定、社債管理といった専門機能の切り出し提供に事業を再定義する判断が求められる。
- トークン化の価値提案を「流動性」から切り離して評価すべきである。今回の商品は譲渡制限付であり、流通市場を持たないことを前提に設計されている。それでも成立しているのは、トークン化の便益が流動性ではなく、保有者情報のリアルタイム把握と、それに基づく継続的な顧客関係の構築にあるからだ。金融機関がトークン化案件を検討する際、「流動性が向上するか」を評価軸に据えると、この種の案件は評価できない。実際に価値を生んでいるのは、発行体が誰に何をどれだけ保有されているかを常時把握できるという、原簿へのアクセス権そのものである。この観点は、社債に限らず不動産STやファンドSTの設計にも適用できる。
【引用:出典】
- あたらしい経済「トヨタファイナンス、トヨタG初の自己募集でデジタル社債発行へ」https://www.neweconomy.jp/posts/600460
- トヨタファイナンス「無担保セキュリティトークン社債の発行について」(2026年8月18日)https://www.toyota-finance.co.jp/newsrelease/entry/news_20260818.html
- トヨタファイナンシャルサービス(PR TIMES)「トヨタグループ初のセキュリティトークン社債(愛称:トヨタウォレットST債)を発行へ!」https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000156589.html
- CoinPost「トヨタ、グループ初のブロックチェーン活用した社債(トヨタウォレットST債)を発行へ」https://coinpost.jp/?p=593215
- CoinDesk JAPAN「[ST最前線]セキュリティ・トークン社債が即完売──大和証券が描く未来の金融サービス像とは」https://www.coindeskjapan.com/286359/
- 日経クロステック「トヨタグループがデジタル証券に参入、『TOYOTA Wallet』の残高を特典に」https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/10450/
- 大和総研「大和のセキュリティトークンナビ 第5回 社債セキュリティトークンとは?(後半)」https://www.dir.co.jp/report/research/capital-mkt/it/20260327_025667.html
- Progmat「『トークン化株式』及び『トークン化法』に係る『中間整理』の公表について」(2026年4月7日)https://progmat.co.jp/wp-content/uploads/2026/04/20260407_プレスリリース.pdf
- 野村ホールディングス「国内セキュリティ・トークン市場総括レポート(2025年度)を公表」https://www.nomuraholdings.com/jp/news/nr/bstr20260402.html
- BOOSTRY「ibet for Fin コンソーシアム」https://www.ibet.jp/ibet-for-fin
- GVA法律事務所「【弁護士解説】連載記事:STOの法務~第2回~」https://gvalaw.jp/blog/c20221129/
- PwC Japan「セキュリティトークンの実体法上の位置付けおよび関連する法規制」https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/prmagazine/pwcs-view/202303/43-06.html
- 日本STO協会「STOの紹介」https://jstoa.or.jp/investor/sto/
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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