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2026年08月28日

430億円で買ったのは「決済できない市場」への座席 ── SBIのAjaib出資が突きつける法域の境界

430億円で買ったのは「決済できない市場」への座席 ── SBIのAjaib出資が突きつける法域の境界

2億7,000万ドルという規模の意味

出資額の水準を、インドネシア市場の文脈に置くと異例さが際立つ。Ajaib側の説明によれば、今回の調達は2022年以降のインドネシアにおけるテック分野で最大規模であり、2019年の創業以来の累計調達額は5億ドルを超えた。ブルームバーグのデータでは、インドネシアのスタートアップが2025年に調達した総額は3億4,000万ドル(2024年は4億4,000万ドル、2021年のピークは94億4,000万ドル)にとどまっている。つまりSBIによる単独の出資が、同国スタートアップ全体の年間調達額の約8割に相当する規模だということになる。冷え込んだ資金調達環境において、日本の金融グループが極めて強い交渉上の立場から市場に入ったと読むべきだろう。

なぜインドネシアなのか

Ajaibはジャカルタを拠点に、株式・債券・投資信託・ETFに加え、暗号資産、ステーブルコイン、外国為替を扱う。数百万人の個人投資家を抱え、法人・機関投資家向けにはステーブルコインを用いた相対取引型の決済サービスも提供している。インドネシアはASEAN最大級の個人投資市場で、リテール投資家は2,000万人を超えるとされる。暗号資産の利用者数は金融庁にあたるOJKの集計で2025年4月時点に1,416万人、取引額は2024年通年で650.61兆ルピアと前年の約4倍に達した。米ドル換算でおよそ400億ドル規模である。北尾吉孝会長兼社長は、伝統的金融商品とデジタル資産をともに扱うAjaibを、SBIが掲げる「APACデジタル経済圏構想」に完全にマッチした存在と位置づけた。

だが、インドネシアではステーブルコインで決済できない

ここが経営層に最も伝えるべき論点である。インドネシアは2025年1月10日、暗号資産の監督権限を商品先物取引規制庁から金融サービス庁OJKへ移管した。さらに2026年6月17日施行の法律第4号は、デジタル金融資産の分類を法律レベルで整理したうえで、ステーブルコインについて重要な線引きを行っている。すなわち、取引所の推薦とOJKの承認を経れば「取引手段」としては利用できるが、「支払手段」としては利用できない。中央銀行であるインドネシア銀行が通貨法によりルピアを唯一の法定通貨と定めているためだ。

日本ではJPYSCは資金決済法上の電子決済手段であり、支払いに使える。インドネシアでは同じトークンがデジタル金融資産として扱われ、決済には使えない。トークンの技術的な性質は国境で変わらないが、法的な性質は変わる。SBIとAjaibが当面できるのは、JPYSCを投資家が売買する対象として、あるいは機関投資家間の相対取引の一部として流通させることであり、インドネシア国内の一般的な支払いに使うことではない。

なぜそれでも今、資本を入れるのか

答えは、規制が固まる前に位置を取ることの価値にある。インドネシアの業界団体はステーブルコインの決済手段としての承認を求めて中央銀行に働きかけを続けており、この評価は2026年時点でも継続中だ。仮に承認が下りれば、その瞬間に流通チャネルと顧客基盤を持っている事業者が圧倒的に有利になる。20%という出資比率も示唆的である。SBIは2026年7月にシンガポールのCoinhakoを連結子会社化した一方、Ajaibは持分法適用にとどめた。連結すれば現地の規制リスクが自社の財務諸表とガバナンスに直結するが、持分法であればその距離を保てる。規制が未確定な市場への入り方として、合理的な選択といえる。

SBIのアジア構想の全体像

SBIグループはすでに国内のSBI VCトレード、シンガポールのCoinhako、英国の暗号資産マーケットメイカーB2C2を持ち、そこにJPYSCと金融特化型レイヤー1ブロックチェーンのStriumが重なる。今回のAjaibは、その網に東南アジア最大の個人投資家基盤を接続する動きにあたる。SBIはこのほかにもFassetへの出資を主導するなど、アジア域内でのデジタル資産インフラの取得を続けている。

【事業開発に関するインサイト】

  1. 円建てステーブルコインの海外展開は、決済ではなく投資商品としての取引から始まると想定すべきである。日本国内で電子決済手段として設計された商品が、進出先で暗号資産や投資商品として扱われるのは例外ではなく標準的な事態である。海外展開を検討する際は、日本での法的性質をそのまま持ち出せると想定せず、進出先ごとに「決済に使えるか」「取引所での売買に留まるか」「そもそも取扱い承認が必要か」の三段階で確認する体制を最初から組み込む必要がある。
  2. 出資比率は規制リスクの遮断装置として設計できる。連結子会社化と持分法適用の使い分けは、単なる支配権の問題ではない。規制が未確定な法域では、持分法にとどめることで現地の規制変更や当局対応が自社のガバナンスへ直結するのを避けられる。規制が固まった段階で追加取得して連結に移す選択肢も残る。海外デジタル資産事業への参画を検討する際、出資比率を財務戦略ではなく規制戦略の変数として扱うことを推奨する。
  3. 規制承認の待ち行列に、資本参加という形で並んでおく価値がある。インドネシアにおけるステーブルコインの決済利用承認は、下りるかもしれないし下りないかもしれない。しかし承認が下りた瞬間に必要となるのは、ライセンス、顧客基盤、そして流通チャネルであり、これらはいずれも短期間では構築できない。今回の出資は、その承認を条件とするオプションを買う行為と読むのが最も正確である。日本の金融機関がアジア展開を検討する際、この「オプションとしての資本参加」という発想は、確度の低い市場に対する現実的なアプローチになる。

【引用:出典】

NADA NEWS「SBI、インドネシア証券大手に約430億円出資──東南アジアの暗号資産市場開拓へ」(2026年8月28日)https://www.nadanews.com/365985/ SBIホールディングス「インドネシア最大級のオンライン総合投資プラットフォームAjaibグループへの戦略的出資に関するお知らせ」(2026年8月28日)https://www.sbigroup.co.jp/news/2026/0828_16547.html 日本経済新聞(2026年8月)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB276640X20C26A8000000/ Nikkei Asia「Japan's SBI to take stake in Indonesian digital broker Ajaib in crypto push」https://asia.nikkei.com/business/business-deals/japan-s-sbi-to-take-stake-in-indonesian-digital-broker-ajaib-in-crypto-push The Block「SBI Holdings invests $270 million in Ajaib, taking 20% stake amid Asia digital asset push」(2026年8月28日)https://www.theblock.co/news/deals/2026-08-28-sbi-holdings-invests-270-million-in-ajaib-taking-20-stake-amid-asia-digital-asset-push-413023 ABNR Counsellors at Law「Indonesia's P2SK Law Amendment: What Law 4/2026 Changes for Crypto and Digital Financial Assets」(2026年7月)https://www.abnrlaw.com/news/indonesias-p2sk-law-amendment-what-law-42026-changes-for-crypto-and-digital-financial-assets ABNR Counsellors at Law「At long last: Indonesia is set to issue a landmark crypto offering regime」https://www.abnrlaw.com/news/at-long-last-indonesia-is-set-to-issue-a-landmark-crypto-offering-regime Chambers and Partners「Blockchain & Crypto-Assets 2026 - Indonesia」(2026年6月)https://practiceguides.chambers.com/practice-guides/blockchain-crypto-assets-2026/indonesia/trends-and-developments NADA NEWS「JPYSC、すでに38億円相当発行──SBIが国内初の信託型円ステーブルコイン」(2026年6月24日)https://www.nadanews.com/356607/ NADA NEWS「SBI、シンガポール暗号資産取引所『Coinhako』を連結子会社化」https://www.nadanews.com/360009/

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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