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2026年08月31日

税務書類がパブリックチェーンを止めていた ― 金融庁が求めた信託型ステーブルコインの調書免除

税務書類がパブリックチェーンを止めていた ― 金融庁が求めた信託型ステーブルコインの調書免除

要望の中身は「二つの調書」の免除

公表資料を読むと、要望されているのは一つの書類ではなく二つである。相続税法上の「信託に関する受益者別(委託者別)調書」と、所得税法上の「信託の計算書」の双方について、受益者等の変更等があった場合の提出を不要とするよう求めている。理由は明快で、法定通貨と価値が連動する決済手段として不特定多数の利用者間を転々流通し、頻繁かつ多数の取引に使われることが想定されるスキームにおいて、受託者が受益者の氏名等やその変更を把握できないためである。金融庁は加えて、受益者が信託型ステーブルコインの保有から収益を得ることも想定されていない、という点も理由に挙げている。実際、SBI新生信託銀行が発行するJPYSCは信託財産を銀行預金と日本国債で運用するが、保有者への利息支払いや収益配当は行われない。収益が発生しない以上、収益を報告するための計算書を求める実益も乏しいという論理である。

50万円という閾値が意味するもの

現行制度に免除規定がないわけではない。相続税法59条3項但書と同法施行規則30条7項1号により、受益者別に評価した信託財産の価額が50万円以下であれば受益者別調書の提出は不要とされている。信託の計算書についても、信託財産に係る収益の合計額が年3万円以下であれば作成を要しない。つまり少額であれば既に免除されている。問題は、この50万円という水準が、信託型ステーブルコインの存在意義とちょうど逆向きに作用する点にある。信託型が資金移動業型に対して持つ最大の優位は、1件あたり100万円という送金上限の制約を受けずに大口決済を扱えることにある。ところが上限を超える大口決済こそ、50万円の免除ラインを確実に超え、送金の都度、調書の提出義務を発生させる。制度の設計上、信託型の強みが発揮される領域でのみ事務負担が集中するという構造になっている。金融庁が閾値の引き上げではなく一律の免除を求めたのは、この構造を踏まえた判断と読める。

JPYSCが口座内に閉じている理由

この論点の実務的な重みは、JPYSCの現状を見ると明確になる。SBIホールディングス、SBI新生銀行、SBI新生信託銀行、SBI VCトレード、シンガポールのStartale Groupは2026年6月24日、国内初の信託型円建てステーブルコインとしてJPYSCの発行を開始した。SBI新生信託銀行が受託者、SBI VCトレードが委託者兼当初受益者という構成である。初日に約38億円相当が発行され、6月30日19時時点の特定信託受益権の発行価額は100億828万4,794円(約6,400万米ドル相当)に達している。資金移動業型のJPYCの累計発行額が約30億円規模とされることを踏まえれば、立ち上がりの速さは際立つ。ただし現時点の提供はSBI VCトレードの口座内に限定されており、発表資料は「関係法令・税務実務等が整理され次第」パブリックチェーン上での流通へ移行するとしている。口座内に閉じている限り、事業者は誰が保有者かを把握できる。逆に言えば、パブリックチェーンに解き放った瞬間に保有者の追跡は不可能となり、調書の作成そのものが物理的に成立しなくなる。今回の要望は、まさにこの移行を阻んでいる関門を外しにいくものである。

「この1件のみ」が示すもの

今回の要望は「資産運用立国の推進」「子育て世帯への支援」「金融イノベーションの推進」の3分野で整理されており、主な要望項目5件のうち金融イノベーション枠に入ったのは特定信託受益権に関するこの1件だけである。派手さはないが、優先順位の置き方としては合理的だろう。加えて、その他の要望項目には「一定の外国発行の信託型ステーブルコインを電子決済手段として規定することに伴う所要の措置」「改正金融商品取引法等の施行に伴う所要の措置」「金融制度等の見直しに伴う所要の措置」が並んでおり、海外発行ステーブルコインの国内取扱いと、暗号資産の金商法移管に伴う税務整備が同時並行で進む構図が読み取れる。政府・与党は年末の税制改正大綱に向けて議論を行う。三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3メガバンクが2026年度中の共同発行を検討していると報じられており、その設計にとってもこの要望の帰趨は前提条件となる。

事業開発インサイト

  1. 円建てステーブルコイン事業の実質的なマイルストーンは、発行の可否ではなく調書免除の実現時期である。JPYSCは既に100億円規模を発行しているが、口座内に閉じている限り既存の内部振替と経済的な差は小さい。パブリックチェーン上での自由な流通が可能になって初めて、他社ウォレット、DeFi、RWA決済への接続という信託型本来の価値が現れる。事業計画を引く際は、発行開始の時期ではなく、年末の税制改正大綱で本項目が認められるか、認められた場合に施行がいつになるかを起点に据えるべきである。逆にこの点が積み残されれば、閉域運用が長期化する前提でのプロダクト設計が必要になる。
  2. 大口決済領域こそ制度上の摩擦が最も大きい。50万円という現行の免除ラインは、法人間決済や不動産・自動車といった高額取引という信託型の主戦場と真正面から衝突する。この構造は、参入を検討する事業者にとって二つの示唆を持つ。第一に、少額・高頻度の個人決済は資金移動業型が、高額・低頻度の法人決済は信託型が担うという棲み分けは、技術ではなく税務事務の閾値によって形成されている。第二に、免除が実現すれば信託型の適用領域が一気に広がるため、現時点で提携先や決済フローの設計を先行して固めておく価値が高い。
  3. 「収益を生まない設計」が規制緩和の論拠になっている点に注目したい。金融庁が免除を求める根拠の一つは、受益者が保有から収益を得ることが想定されていないことである。JPYSCが利息も収益配当も支払わない設計を採っていることは、この論拠を支える事実として機能している。裏を返せば、保有者に利回りを付す設計を採用した瞬間、この論拠は崩れ、調書免除の対象外となるリスクが生じる。国内の事業者がステーブルコインに利回りを乗せようとする場合、SBI VCトレードのJPYSCレンディングのように発行体の外側でサービスとして提供する形態が、制度整合性の観点から合理的な選択となる。

出典

CoinPost「金融庁、信託型ステーブルコインの調書提出免除を要望 2027年度税制改正」2026年8月31日 https://coinpost.jp/?p=734402 金融庁「金融庁の令和9年度税制改正要望について」2026年8月31日 https://www.fsa.go.jp/news/r8/sonota/20260831.html 金融庁「令和9年度 税制改正要望項目」(PDF)https://www.fsa.go.jp/news/r8/sonota/fsa_trps_r9.pdf SBI新生信託銀行「ステーブルコイン(JPYSC)」https://www.shinseitrust.com/stablecoin/jpysc.html ペイメントナビ「国内初、信託型円建てステーブルコイン『JPYSC』提供へ」2026年6月25日 https://paymentnavi.com/paymentnews/176231.html SBI VCトレード「【2026年最新】JPYSCとは|日本初の信託型日本円建てステーブルコインの仕組み・JPYCとの違い・将来性を解説」https://www.sbivc.co.jp/columns/content/baqz_7m452z アンダーソン・毛利・友常法律事務所「ステーブルコイン法制に関する政令・内閣府令案等について(前編)」2023年2月8日 https://www.amt-law.com/asset/pdf/bulletins2_pdf/230208.pdf 弁護士法人法律事務所瀬合パートナーズ「信託をする場合に、税務署に提出すべき書類はありますか」(相続税法59条3項但書・施行規則30条7項の解説)https://shintaku.segou-partners.com/column/ 創・佐藤法律事務所「ステーブルコインとトークン化預金 ― 法的性質・破綻時保護・レンディング」https://innovationlaw.jp/stablecoin-tokenized-deposit-lending/ EY Japan「ステーブルコインに関する法規制の概要とポイント解説」https://www.ey.com/ja_jp/insights/financial-services/outline-and-points-of-laws-and-regulations-related-to-stablecoins 日本経済新聞「ステーブルコイン大口決済に道 金融庁要望、『100万円超』取引可能に」2026年8月 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB214100R20C26A8000000/

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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