レポート一覧に戻る
トークン化有価証券
金融インフラ
規制・法律
証券代行業務
2026年09月01日

名簿を誰が持つのか ― SECが40年ぶりに証券代行規則を書き換える

名簿を誰が持つのか ― SECが40年ぶりに証券代行規則を書き換える

40年間手つかずだった規則

SECは9月1日、登録証券代行機関(トランスファーエージェント)に適用される規則と様式の改正案を公表した。規則案の番号は34-106246、ファイル番号はS7-2026-30で、分量は421ページに及ぶ。ファクトシートによれば委員会の提案日は8月28日、連邦官報への掲載は9月4日で、意見提出期限は11月3日である。証券代行機関は、発行体の証券について公式の所有権記録を維持し、証券の発行・消却・移転を処理する主体であり、清算・決済制度の中核を担う。にもかかわらず、これらの規則の大半は1970年代後半から1980年代前半に採択されて以降、実質的な改訂を受けていない。ヘスター・ピアース委員は本提案が10年以上をかけて準備されてきたものだと述べ、マーク・ウエダ委員は、その間ルールメイキングが行われず「明確性も予見可能性も提供しない断片的な手法」である規制による執行が続いてきたと指摘した。ポール・アトキンス委員長は、電子的通信やブロックチェーン技術の利用を含む現在の業務実態を反映させるための合理化・現代化であると説明している。

改正案の中身

改正の範囲は広い。登録関係では、Form TA-1提出後の登録効力発生を30日から45日に延長し、年次報告のForm TA-2について重要な誤りを発見してから60日以内の訂正提出を義務づける。実務規則では、ターンアラウンド基準を現行の決済サイクルに整合させ、業務拡大制限が課される閾値を75%から95%へ引き上げる。記録保存については、大半の記録に単一の保存期間を設定し、電子システムや第三者への委託に関する規定を現代化する。マスター証券保有者ファイルへの記帳を定める規則17ad-10も、技術中立的な用語へ改められる。資金・証券の保全を定める規則17ad-12は、包括的なリスク管理規則へと再構成され、サイバーセキュリティを含むリスクの特定・測定・監視・低減、資金の分別銀行口座の設置、事業継続計画の策定が求められる。一定の免除を定めていた規則17ad-4は、技術進歩により不要になったとして廃止される。新設される二つの規則のうち、17ad-30はコンプライアンス方針・手続の整備を求めるものだが、実務上より重いのは17ad-31である。同規則は譲渡制限文言(restrictive legend)の付与と解除の要件を定めるとともに、1933年証券法5条(a)に違反しない合理的な根拠を持たない限り、証券代行機関が未登録証券取引を助長することを禁じる。名簿の管理者に、移転の適法性を判断するゲートキーパーとしての明示的な義務を課すものである。

「トークン化モデル別」の報告欄が意味するもの

本提案でとりわけ注目すべきは報告様式の変更である。Form TA-2の設問5(b)には、サービスプロバイダーの区分として「トークナイゼーション・エージェント」および「分散型台帳技術プラットフォーム」のチェックボックスが追加され、それぞれ名称の記入欄が設けられる。さらに設問6(b)では、取扱銘柄をトークン化モデル別に、発行体主導(issuer-sponsored)と第三者主導(third-party-sponsored)の二列に分けて報告することが求められる。この分類は、直近の米国市場で起きている論争と正確に対応している。上場企業の承認なしにオフショアで組成される株式トークンと、発行体自身が関与するトークン化とを、監督当局が年次報告の欄として区別し始めたということである。根拠として引かれているのは2026年1月28日のスタッフ声明で、そこでは、発行体またはその代理人がマスター証券保有者ファイルを暗号ネットワーク上で維持している場合にトークン化証券が実質を持つ、という考え方が示されていた。7か月前のスタッフの見解が、いまや年次規制報告の一列になった。加えて提案書は、記録が証券代行機関の排他的支配下にないブロックチェーン上にのみ存在する状況をどう扱うべきかを、明示的な質問として市場に投げかけている。前提として、2025年5月15日のスタッフFAQはすでに、登録証券代行機関がDLTを公式のマスター証券保有者ファイルとして用いることを認め、個人識別情報をオフチェーンに置きつつ取引詳細をオンチェーンに記録する構成も、監査可能性とアクセス可能性が保たれる限り許容されると整理していた。セキュリタイズとtZEROはすでにSEC登録の証券代行機関である。

日本との構造的な差

日本で対応するのは株主名簿管理人、いわゆる証券代行業務である。会社法上、株主名簿管理人の資格に制限はなく、定款で定めを置き登記すれば足りる。しかし上場会社については、東京証券取引所の有価証券上場規程が、株主名簿管理人となりうる株式事務代行機関を取引所の承認するものに限定しており、実際には信託銀行と東京証券代行、日本証券代行、アイ・アールジャパンに絞られる。加えて上場株式は社債株式等振替法に基づく振替制度の下にあり、証券保管振替機構が振替機関として口座簿を管理し、株主名簿は総株主通知に基づいて作成される。つまり米国が登録制の下でブロックチェーンネイティブの新規参入者を受け入れつつあるのに対し、日本では上場株式の名簿機能に外部の技術事業者が入る経路が制度上ほぼ存在しない。日本のセキュリティトークンが受益証券発行信託を用い、受益権原簿をブロックチェーンで管理する形を採ってきたのは、株式の名簿そのものを開けないがゆえの迂回でもある。米国の今回の提案は、名簿機能を正面から開ける方向に進んでいる点で、日本の設計思想と対照的である。

事業開発インサイト

  1. 監督当局の関心が「トークンの発行」から「名簿の管理者」へ移りつつある。ここ数年の規制論議はトークンが証券に当たるかという入口の議論に集中してきたが、今回の提案が扱うのは、所有権記録を維持する主体の登録要件、リスク管理体制、記録保存、そして移転の適法性判断である。金融機関がトークン化事業を評価する際、発行スキームの適法性だけでなく、記録管理主体としての体制要件を満たせるかを並行して検証する必要がある。米国で証券代行機関に課されようとしている水準は、分別銀行口座、事業継続計画、書面のコンプライアンス方針といった、伝統的な受託業務の要件そのものである。技術企業がこの機能に参入するハードルは、想定より高い可能性がある。
  2. 譲渡制限のオンチェーン実装が規制要件になりつつある。新規則17ad-31は、譲渡制限文言の付与・解除の手続と、未登録証券取引を助長しないための合理的根拠の保持を求める。トークン化された証券において、これはスマートコントラクトによる移転制御の設計と直結する。誰にトークンを移転できるかをコード上でどう表現し、その判断根拠をどう記録に残すかは、技術実装であると同時に規制対応である。この領域の設計能力は、日本の信託銀行や証券会社が既存の証券代行業務から延長できる数少ない差別化余地であり、早期に着手する価値がある。
  3. 「発行体主導か第三者主導か」という区分が、規制報告の単位として定着する見込みである。SECがこの二分法を年次報告様式に取り込むことは、両者に異なる監督上の扱いが将来課されうることを示唆する。海外のトークン化プラットフォームとの提携や投資を検討する際、対象事業がどちらの類型に属するかは、規制変更リスクを測る第一の識別子になる。日本の金融機関が国内で組成する案件は基本的に発行体主導型に収まるため、この分類が国際的に定着すれば相対的に有利な位置を占めうる。一方で、第三者主導型が先に流動性を獲得している現状との差を、どう埋めるかという課題は残る。

出典

NADA NEWS「米SEC、1970年代の証券代行規則を刷新へ──ブロックチェーン対応を提案」2026年9月2日 https://www.nadanews.com/366535/ SEC「SEC Proposes to Modernize Rules for Registered Transfer Agents」(Press Release 2026-81)2026年9月1日 https://www.sec.gov/newsroom/press-releases/2026-81-sec-proposes-modernize-rules-registered-transfer-agents SEC「Fact Sheet: Proposed Transfer Agent Rule Modernization」 https://www.sec.gov/files/34-106246-fact-sheet.pdf SEC「Transfer Agent Rules」提案理由書(Release No. 34-106246、File No. S7-2026-30) https://www.sec.gov/files/rules/proposed/2026/34-106246.pdf Federal Register「Transfer Agent Rules」2026年9月4日掲載 https://www.federalregister.gov/documents/2026/09/04/2026-18190/transfer-agent-rules Decrypt「SEC Proposes First Transfer Agent Overhaul in 40 Years, Citing Tokenization」2026年9月 https://decrypt.co/377149/sec-proposes-first-transfer-agent-overhaul-in-40-years-citing-tokenization David Lopez-Kurtz「Transfer Agent Provocateur」(Web3 vs. the Law)2026年9月 https://davidlopezkurtz.substack.com/p/transfer-agent-provocateur Securitize Corp. Form 424B3(2025年5月15日SECスタッフFAQの整理を含む) https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0002094496/000162828026054866/securitizeholdings-424b3.htm BUSINESS LAWYERS「株主名簿管理人とは?会社法上の役割や設置・変更の方法」 https://www.businesslawyers.jp/practices/591 信託協会「証券代行業務」 https://www.shintaku-kyokai.or.jp/products/corporation/securities_agency.html

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

免責事項

本レポートは、暗号資産および関連市場に関する情報提供のみを目的として作成されたものであり、特定の暗号資産の購入、売却、保有その他一切の取引行為を推奨・勧誘するものではありません。また、金融商品取引法その他の関連法令に定める投資助言、投資勧誘、または金融商品の販売・媒介に該当するものではなく、税務・法務・会計上の助言を構成するものでもありません。

本レポートに記載された情報は、作成時点において信頼できると判断した情報源に基づいておりますが、その正確性、完全性、最新性、有用性等について当社は何ら保証するものではありません。暗号資産は価格変動が大きく、元本の毀損その他の損失が生じるリスクを伴います。投資判断は、利用者ご自身の責任と判断において行っていただくものとし、本レポートの利用に起因して生じたいかなる損害についても、当社は一切の責任を負いかねます。

ブロックチェーン新規事業のご相談

Cabinetでは、アイデア段階からの壁打ち、技術検証(PoC)、そして実装・運用まで一気通貫で伴走する事業開発コンサルティングを提供しています。まずはお気軽に無料相談をご利用ください。

ニュースレターに登録する

本レポートに掲載した内容に加え、業界の最新情報・未公開レポートをメールでお届けします。