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2026年09月17日

1円のはずが4.27倍に──JPYC韓国上場が可視化した「発行窓口のスループット」という新しい競争軸

1円のはずが4.27倍に──JPYC韓国上場が可視化した「発行窓口のスループット」という新しい競争軸

参考価格の4.27倍という異常値

2026年9月17日18時、韓国最大手の暗号資産取引所Upbit(運営:Dunamu)が日本円ステーブルコイン「JPYC」の取引を開始した。韓国ウォン(KRW)建て、ビットコイン建て、USDT建ての3市場で、ウォン建て取引所に円建てステーブルコインが上場するのは韓国初となる。Upbitが告知に記載した参考価格は1JPYC=8.81ウォンだったが、18時5分に12.00ウォンで初値がつき、18時39分には37.60ウォン、参考価格の4.27倍に到達した。聯合ニュースは18時42分時点で始値比197.5%高の35.7ウォンと報じている。CoinGeckoの合成価格でも一時0.02145ドル(1ドル155円換算で約3.32円)を記録した。取引開始時刻は当初予定から二度後ろ倒しされている。

これは信用不安ではなく「在庫切れ」である

経営判断上、最も重要なのは、この乖離が裏付け資産への疑念から生じたものではないという点だ。JPYCは資金決済法上の電子決済手段であり、暗号資産には分類されない。発行残高は円預金と日本国債で裏付けられている。JPYC株式会社の岡部典孝代表は、発行時に必ず1円を受け取っているため二次流通価格に関係なく償還できると説明したうえで、「発行が急増して夜中に在庫が足りなくなってしまいました」と述べた。JPYCは決済用途を前提に需要に応じて発行する設計であり、投機的売買に備えた厚い在庫を常時抱えていない。加えてUpbitの入出金対応ネットワークはイーサリアムに限られ、17日10時23分時点でイーサリアム上のJPYCは約1億3,300万JPYC、全流通量約19億JPYCの7.0%にすぎなかった。需要はウォン建ての板に集まり、供給は他チェーンに偏在していた。

裁定は機能した──ただし発行体の負荷と引き換えに

2021年に円建てステーブルコインGYENがBinanceとCoinbaseで同種の乖離を起こした際は、取引所が板を止める形で事態が収束した。今回Upbitは上場直後に注文制限を設けたものの全面停止には至らず、価格は裁定取引によって戻った。日本の本人確認を済ませた利用者であれば1円で発行できるため、割高な板に売る動きが殺到したからである。総流通量は17日10時23分の約18億9,963万JPYCから18日朝には約42億6,000万JPYCへ、約23億6,000万JPYC分、率にして約2.2倍に増加した。18日9時の1分足終値は9.32ウォン、参考価格の1.06倍まで戻っている。一方で発行体側の負荷は現実のものだった。JPYC社は17日20時34分にイーサリアム上、22時19分にポリゴン上の発行予約を一時停止し、それぞれ23時43分、18日0時22分に復旧している。停止の原因は公開時点で説明されていない。

国内より先に、海外で流動性が立った

岡部氏によれば、Upbitの初日取引高は300億円超に達し、同社は上場を事前に知らされていなかった。国内では電子決済手段等取引業者としてSBI VCトレード(2025年3月)とコインチェック(2026年8月27日)の2社が登録済みだが、JPYCの取扱いはまだ始まっていない。日本の規制に準拠した円建てステーブルコインの流動性が、国内制度の整備を待たずに海外の板で先に形成されたことになる。誰の許可も要さず板に載るというのは、パーミッションレスな資産の性質そのものだ。背景として、韓国からは2026年6月だけで主要ウォン建て取引所5社から海外取引所へ2兆7,625億ウォン(約20億ドル)相当のステーブルコインが流出しており、そこに円建ての選択肢が加わった意味は小さくない。JPYC EXの累計発行額は9月18日時点で100億円を突破した(5月30日時点では30億円)。ただし同じ期間のホルダー数増加は429人、率にして0.59%にとどまっており、今回の膨張は利用者基盤の拡大ではなく、裁定資金の一時的な流入であったことを示している。

【事業開発に関するインサイト】

  1. 円建てステーブルコイン事業の品質指標は「発行残高」ではなく「発行・償還窓口のスループット」である。今回、価格を戻したのは凍結機能でも取引停止でもなく、額面で発行できる窓口の存在だった。逆に言えば、その窓口が深夜に詰まれば乖離は長引く。金融機関が発行体または取扱業者として参入するなら、平時の残高目標より先に、24時間365日の在庫補充・自動化・オンコール体制を設計すべき論点となる。
  2. 上場は発行体の同意を必要としない。JPYC社は事前に知らされておらず、それでも需要は国内制度の整備を追い越して海外に生じた。円建て資産を発行する事業者は、チェーン別の在庫配分方針、取引所の入出金対応ネットワークに関する交渉余地、想定外の需要急増時の対外コミュニケーション手順を、上場を待たずに準備しておく必要がある。流通経路を選べないことを前提にした運用設計が求められる。
  3. 円建てステーブルコインの初期海外需要は、決済利用よりも裁定とクロスボーダー送金に現れる。韓国の月間数兆ウォン規模の越境フローに円建ての選択肢が加わったことは、訪日旅行決済、越境EC、対アジア送金コリドーの事業機会を示唆する。ただしホルダー数がほぼ増えなかった事実は、海外上場が即座にユーザー獲得を意味しないことも同時に示しており、上場はあくまで流動性イベントとして評価すべきである。

【引用:出典】

CoinPost「JPYC、韓国アップビット上場後に想定1円から乖離 流通量は約23.6億円増加」(2026年9月18日)https://coinpost.jp/?p=738488 NADA NEWS「JPYC岡部氏、ステーブルコインの価格乖離を説明──「在庫が足りなく」」(2026年9月18日)https://www.nadanews.com/368646/ NADA NEWS「Upbit上場で価格乖離、アービトラージ殺到でJPYC流通量が前日比2.2倍の42億円超に」(2026年9月18日)https://www.nadanews.com/368584/ innovaTopia「【解説】JPYC、Upbit上場で4.27倍|円建ての乖離は三度目」(2026年9月19日)https://innovatopia.jp/tech-economy/tech-economynews/118028/ JPYC株式会社「日本円ステーブルコイン「JPYC」、累計発行額100億円を突破」(PR TIMES、2026年9月18日)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000331.000054018.html CoinDesk「JPYC Hit South Korea's Upbit at 1 Yen and Traders Sent It Flying Past 3」(2026年9月19日)https://coindesk.cc/jpyc-hit-south-korea-s-upbit-at-1-yen-and-traders-sent-it-flying-past-3-116262.html Seoul Economic Daily「Upbit Lists Japan's First Yen Stablecoin in Korean Market Debut」(2026年9月18日)https://en.sedaily.com/finance/2026/09/18/upbit-lists-japans-first-yen-stablecoin-in-korean-market JinaCoin「JPYC、累計発行額100億円突破──1日で25億円発行」(2026年9月18日)https://jinacoin.ne.jp/jpyc-100okuyen-20260918/ Upbit「PYUSD・JPYC 新規取扱い告知」(2026年9月17日)https://www.upbit.com/service_center/notice?id=1580532257&view=share JPYC info(オンチェーン流通量ダッシュボード)https://jpyc-info.com/analytics

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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