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2026年09月16日

トークンのないブロックチェーンが、世界初の医薬品承認を通した──サスメドが6年かけて動かした「検証コストの境界」

トークンのないブロックチェーンが、世界初の医薬品承認を通した──サスメドが6年かけて動かした「検証コストの境界」

世界初の承認事例

2026年9月16日、治療用アプリと治験支援システムを手がけるサスメド株式会社は、同社のブロックチェーン技術を活用した臨床試験システム「SUSMED SourceDataSync(SUSMED SDS)」を用いて治験が実施された医薬品が、国内で製造販売承認を取得したと発表した。ブロックチェーン技術を用いた企業治験の結果に基づく医薬品承認は、同社の調査によれば世界初である。承認されたのはヴィアトリス製薬合同会社の「ウエキクス錠5mg/20mg」(一般名:ピトリサント塩酸塩)で、ナルコレプシーと、CPAP療法等を実施中の閉塞性睡眠時無呼吸症候群に伴う日中の過度の眠気という2つの効能・効果が対象となる。国内初の経口ヒスタミンH3受容体拮抗薬・逆作動薬であり、ナルコレプシーについては希少疾病用医薬品に指定されている。国内第3相試験は2022年11月と2023年1月にアキュリスファーマが開始し、同社が2025年10月にヴィアトリスに買収されたことで、承認取得は買収先の名義となった。

ブロックチェーンが代替したのは「人手による照合」である

この事例の理解には、治験の実務構造を押さえる必要がある。治験では、医療機関の元の診療記録(原資料)と、製薬企業に提出される症例報告書のデータが一致しているかを確認する作業が法規制上義務づけられている。従来これはモニターが医療機関を訪問し、目視で突合する労働集約的な作業だった。SUSMED SDSは、医療機関で取得する医療データと症例報告書データをブロックチェーン技術で結合し、この照合作業を技術的に代替する。記録の改ざんが構造的に検知可能になるため、「誰が確認したか」ではなく「改ざんできない仕組みか」を信頼の根拠に置き換えるアプローチである。ここに暗号資産もトークンも登場しない。パブリックチェーンである必要すらない。

6年かけて規制解釈を書き換えた道筋

注目すべきは、技術そのものより制度活用の経路である。サスメドはまず内閣官房の「規制のサンドボックス制度」で実証を行い、その結果を2020年6月に国際医学誌JMIRで発表した。この成果をもとに産業競争力強化法のグレーゾーン解消制度へ申請し、2020年12月4日付で厚生労働省から、ブロックチェーン技術を利用したデータ照合作業がGCP省令上も従来作業の代替として認められる旨の回答を得ている。つまり同社は制度を単なる「実証の場」としてではなく、既存省令の解釈を書き換える手段として使った。その解釈変更から約6年、実際の承認という出口に到達したことが今回の意味である。制度設計の側もこれを評価しており、プレスリリースには内閣府知的財産戦略推進事務局長および経済産業省大臣官房審議官のコメントが添えられている。

定量成果と、日本の産業課題との接続

効果は数字で示されている。AMEDの研究開発推進ネットワーク事業における従来フローとの比較検証では、モニタリング工数が45.9%減少、医療機関の工数が32.0%減少、データ確認・修正依頼を目的とするクエリ数が46.7%減少した。背景には深刻な構造問題がある。医薬品の研究開発費は過去10年で年率8.5%程度のペースで増加を続けており、国内では治験ルールであるGCP省令への労働集約的かつ過剰品質な対応が指摘されてきた。臨床開発モニター1名が担当する治験実施医療機関数は米国の3分の1にとどまるとの報告もある。海外で使える薬が日本で使えないドラッグ・ラグ/ロスは、経済安全保障上の課題としても認識されている。また、治験の国際基準であるICH-E6(R3)は、品質を事後的な確認ではなく試験設計段階から作り込むQuality by Design(QbD)の考え方を明示しており、今回の技術はその方向性と整合する。2022年発行のGAMP5第2版でも、データの信頼性を高める技術としてブロックチェーンが記載されている。

【事業開発に関するインサイト】

  1. ブロックチェーンの商用価値が最も明確に立つのは、規制によって第三者検証が義務づけられている業務領域である。今回代替されたのは送金でも決済でもなく、GCP省令が要求する「原資料とデータの一致確認」という検証作業そのものだった。金融機関に置き換えれば、内部監査の証跡確認、規制報告データの突合、受託資産の残高照合、委託先の業務品質モニタリングがこれに相当する。これらはいずれも、規制が求めるから人手をかけている業務であり、人手をかけること自体に価値はない。事業機会の探索軸として「トークン化できる資産は何か」ではなく「規制が要求する検証作業のうち、改ざん検知で代替できるものは何か」と問い直す価値がある。
  2. 日本の規制のサンドボックス制度とグレーゾーン解消制度は、実証の場ではなく省令解釈を書き換える手段として使える。サスメドは2020年12月に厚生労働省から解釈確認を得たうえで、6年かけて承認という出口に到達した。金融領域では、トークン化資産の権利移転、電子決済手段の取扱い、自己型・他社型の区分といった論点で同様の経路が想定できる。重要なのは、制度活用が単発のPoCで終わらず、国際医学誌での査読済み論文発表、AMED事業での比較検証、業界標準ガイドラインへの掲載という順で客観的な裏づけを積み上げた点である。規制当局を動かすのは技術の新規性ではなく、代替可能性を示す第三者検証可能なエビデンスであることを、この事例は示している。
  3. 非金融領域のブロックチェーン事業を評価する際、トークンの有無を選別基準にすべきではない。今回の事例には暗号資産もトークンもガバナンストークンも存在せず、パブリックチェーンである必然性もない。それでも、世界初という位置づけで規制当局の承認を通し、工数45.9%削減という定量成果を出した。「改ざん耐性のある記録」という一点に絞った適用は、トレーサビリティ、デジタルID、公文書管理、監査証跡、保険金請求など、記録の真正性が規制要件になっている領域すべてに展開余地がある。日本企業がこの分野で世界初を取ったという事実は、国内のブロックチェーン事業開発において、価格変動リスクも規制不確実性も伴わない適用領域が依然として広く残っていることを示唆する。

【引用:出典】

サスメド株式会社「世界初、ブロックチェーン技術を活用した臨床試験システムを用いた治験の結果に基づき医薬品の製造販売承認を取得」(2026年9月16日)https://susmed.co.jp/wp-content/uploads/2026/09/260916SUSMEDSDS.pdf NADA NEWS「【世界初】日本企業サスメドがブロックチェーン活用の治験から医薬品承認」(2026年9月17日)https://www.nadanews.com/368501/ ヴィアトリス製薬合同会社「国内初のヒスタミンH3受容体拮抗薬・逆作動薬『ウエキクス®錠 5mg/20mg』(一般名:ピトリサント塩酸塩錠)製造販売承認を取得」(2026年9月16日)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000019.000016151.html 厚生労働省「確認の求めに対する回答の内容の公表」(2020年12月4日)https://www.mhlw.go.jp/content/000702071.pdf サスメド株式会社「サスメドがブロックチェーン技術を活用した治験管理システムを提供するアキュリスファーマのPitolisant国内第3相臨床試験が開始」(2022年11月)https://susmed.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/aw5ser6xc7tv8y9uboni870.pdf 医薬通信社「ヒスタミンH3受容体拮抗薬・逆作動薬『ウエキクス』製造販売承認取得 ヴィアトリス製薬」(2026年9月17日)https://iyakutsushinsha.com/2026/09/17/ ヴィアトリス「日本におけるPitolisantの独占権および日本とアジア太平洋地域におけるアキュリスファーマの買収について」(2025年10月)https://www.viatris.jp/ja-jp/newsroom/press-release/acquisition-of-aculys-pharma サスメド株式会社「SUSMED SDS」製品ページ https://www.susmed.co.jp/system/

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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