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2026年09月23日

「台帳」から「暗号学的ワールドコンピューター」へ――ヴィタリック・ブテリン氏が描くイーサリアムの転換と、金融機関が備えるべき3つの変化

「台帳」から「暗号学的ワールドコンピューター」へ――ヴィタリック・ブテリン氏が描くイーサリアムの転換と、金融機関が備えるべき3つの変化

講演の要旨

ブテリン氏は9月23日、上海の第12回グローバル・ブロックチェーン・サミットでオンライン講演した。同氏によれば、ブロックチェーンは誰でも参加でき、中立で改ざんに強い一方、取引が公開されるためプライバシーに弱点がある。ビットコインの登場時には「取引に実名が直接ひもづかない」ことが一定のプライバシー保護とみなされていたが、高度なデータ分析とAIが普及した現在、それでは不十分だと指摘した。また従来のブロックチェーンは、全ノードが同じ計算を繰り返して正しさを確かめるため、処理能力にも限界がある。

ゼロ知識証明が変えるもの

この二つの制約を同時に解く技術として、同氏は過去10年で最大の変化にゼロ知識証明(SNARKや、量子耐性を持つSTARK)を挙げた。ある参加者が計算を実行して「正しく計算した」という証明を作れば、他の参加者は計算をやり直さずに証明を確認するだけで済む。計算に使った情報をすべて公開する必要もない。同氏は、この技術のイーサリアムへの導入が構想段階を終え、具体的な提案に移ったと強調した。例に挙げたEIP-8288は、大量の署名や証明を、取引がブロックに入る前の待機領域(メンプール)で一つの証明に集約する仕組みで、同氏とトーマス・コラトガー氏が6月3日に作成した。ただし現時点ではドラフト段階で、次期大型アップグレード「ヘゴタ」の後に続くフォークへの導入が目標とされている。

「送れるか」から「見られるか」へ

講演の核心は、暗号技術が守る対象の拡大にある。ビットコインや従来のイーサリアムでは、コードは「誰が、どの資産を、いつ送れるか」を決めてきた。これからは、「誰が、どの情報を見られるか」までコードで決める「プログラム可能な暗号技術」の時代に入ると同氏は述べた。データを暗号化したまま計算できる完全準同型暗号(FHE)や、プログラムの中身を隠したまま動かす難読化技術も、想定より早く実用化に近づいているという。コスト面では、ゼロ知識証明の処理負荷は一部のAI推論や特定のハッシュ計算ですでに通常計算の10倍未満に下がり、FHEは約250倍だが急速に低下していると説明した。

チェーンの役割は「最小化」される

計算の場所も変わる。利用者の端末で多くの処理を行い、取引はメンプールを経由して集約され、複数の参加者によるブロック構築を経て、最後にチェーンに記録される。レイヤー1だけでなく、レイヤー2、メンプール、利用者の端末まで含めた全体が一つの巨大な暗号ネットワークになり、全ノードが処理すべき範囲は小さくなる。同氏はこれを、「台帳」から「暗号学的ワールドコンピューター」への移行と表現した。処理速度についても、現在はブロック生成が12秒、取引確定(ファイナリティ)まで約16分かかっているが、将来はブロック生成が4〜8秒、確定が8〜32秒に短縮される見込みだと述べた。

AIが安全性の前提を変える

同氏は、これらの変化を可能にした要因としてAIを挙げた。従来、暗号技術のコードは規模が大きくなるほどバグが避けられず、安全に作れるのは比較的単純な仕組みに限られていた。AIと「形式検証」(プログラムが仕様どおりに動くことを数学的に証明する手法)を組み合わせれば、複数の担当者やAIエージェントが別々に書いた仕様が同じ内容を指しているかを自動で証明でき、人間が確認すべき範囲を大きく絞り込める。イーサリアム財団のプロトコル部門は、2029年12月までに実行、合意形成、データの3層すべてで量子耐性を確保する目標を掲げており、ヘゴタ以降のアップグレードはいずれも高度な暗号機能を前提とした内容になるという。

【事業開発に関するインサイト】

  1. プライバシーをめぐる選択は、「パブリックチェーンかプライベートチェーンか」から、「誰に何を見せるかをコードで設計する」ことへ移っていく。取引内容を当事者と規制当局や監査人にだけ開示するといった選択的な開示が技術的に可能になれば、金融機関が閉じたチェーンを選んできた最大の理由が弱まる。情報の閲覧権限を業務ルールとしてあらかじめ設計する能力が、オンチェーン金融サービスの競争力になる。
  2. 量子耐性への移行は、長期の金融商品にとって現実的な経営課題になった。イーサリアムが2029年12月を目標に掲げる以上、それより満期の長いトークン化債券や、長期保管を前提とするカストディでは、署名方式の移行計画が必要になる。認証方式を柔軟に切り替えられるよう、アカウントの仕組みやウォレットを刷新する需要が生まれ、鍵管理やカストディの事業者にとって明確な事業機会となる。
  3. スマートコントラクトの安全性保証は、人手による監査から、AIと形式検証を組み合わせた「仕様の証明」へ移行する。そうなれば、何をもって正しい動作とするかという「仕様」そのものが、金融機関のガバナンス上の重要な文書になる。業務要件を検証可能な仕様に落とし込む人材やサービスへの需要は高まる。ただし、コスト低下の見通しなどはブテリン氏個人の予測であり、EIP-8288もドラフト段階にある。投資判断では、実装の進み具合を継続的に確認することが前提となる。

【引用:出典】

あたらしい経済「ヴィタリック、ブロックチェーンは『台帳』から暗号技術による計算基盤へ移行すると語る」(2026年9月25日) https://www.neweconomy.jp/posts/611038

Wu Blockchain "Vitalik Shanghai Speech: Blockchain Needs New Cryptographic Tools"(2026年9月24日) https://wublock.substack.com/p/vitalik-shanghai-speech-blockchain

YouTube 第12回グローバル・ブロックチェーン・サミット ヴィタリック・ブテリン氏講演 https://www.youtube.com/watch?v=Vsa6elxxwGg

あたらしい経済「ヴィタリック、再帰STARK活用の『EIP8288』解説。イーサリアム量子耐性署名の低コスト化へ」(2026年9月10日) https://www.neweconomy.jp/posts/606960

EIP-8288 https://eips.ethereum.org/EIPS/eip-8288

ヴィタリック・ブテリン氏X投稿(EIP-8288、2026年9月9日) https://x.com/VitalikButerin/status/2097711433073172837

あたらしい経済「ヴィタリック、SNARK・FHE・iOの計算コスト『将来10倍未満になる可能性60%』」(2026年9月7日) https://www.neweconomy.jp/posts/605662

ヴィタリック・ブテリン氏X投稿(暗号技術のコスト予測、2026年9月6日) https://x.com/VitalikButerin/status/2096589479305961591

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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