JPYCが公取委に「決済割引」の見解を提出 ― 手数料ゼロの価値は加盟店規約という見えない壁で止まる

何が起きたか
JPYC株式会社は10月9日、公正取引委員会に対し9月14日付でステーブルコイン決済の普及を踏まえた情報提供を行ったと公表した。同社は、JPYCの加盟店から決済手数料を一切徴収していない。決済は利用者から店舗へのブロックチェーン上の直接送金で完結するためだ。その結果、浮いたコストを利用者への割引、送料無料、ポイント付与に回す店舗が出てきている一方、カードの加盟店規約に反するのではないかと懸念して見送る店舗もあるという。同社は今回の提出について、特定の事案に関する相談や申告ではなく、示した見解も公取委のものではないと明記している。JPYCを受け入れる加盟店は、実店舗、移動販売、ECを合わせて150を超える。
公取委2022年報告書の論点
JPYCが根拠に挙げるのは、公取委が2022年4月に公表した「クレジットカードの取引に関する実態調査報告書」である。報告書は加盟店規約の3つの条項を整理した。カード払いに上乗せ料金を課すことを禁じるサーチャージ禁止条項、現金払いを安くすることを禁じる現金割引禁止条項、他の決済手段の利用を勧めることを禁じるステアリング禁止条項である。前2者については、加盟店間の顧客獲得競争を減殺するおそれがある場合に、独占禁止法上の拘束条件付取引として問題となり得るとした。ステアリング禁止条項についても、他の決済事業者を排除するおそれがある場合に同様の問題となり得るとしている。同報告書によれば、加盟店手数料率の平均は、改定交渉の経験がない加盟店で2.83%、経験がある加盟店で2.42%だった。1万円の買い物なら240〜280円程度の手数料が店舗の負担になる計算だ。JPYCは、この考え方が新しい決済手段への優遇措置にも同じように当てはまると主張している。
「手数料ゼロ」の経済構造
JPYCは資金決済法上の電子決済手段で、発行体は2025年8月に資金移動業の登録を受けた。発行開始は同年10月27日、累計発行額は2026年9月18日時点で100億円(約6,700万ドル、1ドル=150円換算)を超えた。準備資産は預金と日本国債で保全され、発行も償還も手数料はかからない。加盟店手数料ゼロを支えているのは、準備資産の運用益である。ただし注意すべき点がある。運用益の源泉は累計発行額ではなく流通残高であり、金利水準が変われば収益も変わる。さらに運用益は、発行・償還、本人確認、マネロン対策、システム運用といった発行体のコストを先に賄わなければならない。店舗側にも、日本円への償還時の振込手数料や、ブロックチェーンの送金手数料(ガス代)が残る。「ゼロ」とは、カード型のパーセンテージ課金がないという意味であり、決済のコストそのものが消えたわけではない。
海外の先例
同じ論点は海外ではすでに制度化されている。米国では2010年のドッド・フランク法ダービン修正条項が、現金、小切手、デビットカード払いへの割引を加盟店に認めた。EUは2015年の規則2015/751で個人向けデビットの手数料を0.2%、クレジットを0.3%に上限規制し、加盟店が好む決済手段へ消費者を誘導することを妨げるブランドルールも禁じた。豪州準備銀行は2026年3月、eftpos、Mastercard、Visaのサーチャージを10月1日から廃止すると決めた。同時にインターチェンジ手数料の上限も引き下げる。上乗せを禁じて手数料を下げるか、割引や誘導を認めて手数料率を競わせるか。日本はまだどちらとも決めていない。
【事業開発に関するインサイト】
- JPYCや今後登場する銀行系ステーブルコイン、トークン化預金を受け入れる加盟店を開拓するなら、技術面の接続支援だけでは足りない。既存のカード加盟店契約やQR決済規約の割引・誘導条項を棚卸しするリーガルチェックを一緒に提供することが、導入率を左右する差別化要素になる。
- 加盟店手数料ゼロを準備資産の運用益で賄うモデルは、流通残高と金利の双方に左右される。自社でステーブルコインを発行する、あるいは提携を検討する金融機関は、累計発行額ではなく平均残高と運用利回りから、発行体コストを差し引いた損益分岐点を試算すべきである。その結果、加盟店への無償提供を何年続けられるかを見極められる。
- カードのアクワイアラや決済代行事業者にとって、公取委が今後、ステーブルコイン決済を含む形で実態調査を更新する可能性は事業リスクであると同時に機会でもある。割引・誘導条項を先に見直し、マルチ決済の受付基盤としてステーブルコインを取り込めば、規約問題で加盟店に避けられる立場から、選択肢を広げる中立的なインフラへと立ち位置を変えられる。
【引用:出典】
公正取引委員会に対し、ステーブルコイン決済の普及を踏まえたキャッシュレス決済市場の競争環境に関する情報提供を実施(JPYC株式会社) — https://corporate.jpyc.co.jp/news/posts/stablecoin-competitive-environment JPYC社、公取委に決済市場の情報提供、「JPYC決済割引」への見解も公表(あたらしい経済) — https://www.neweconomy.jp/posts/615394 クレジットカードの取引に関する実態調査について(公正取引委員会、2022年4月8日) — https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2022/apr/220408.html クレジットカードの取引に関する実態調査報告書 概要(公正取引委員会) — https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2022/apr/220408_pressrelease4.pdf 日本円ステーブルコイン「JPYC」の累計発行額100億円を突破(ペイメントナビ) — https://paymentnavi.com/?p=182688 発行・償還プラットフォーム「JPYC EX」の累計口座開設数が19,000件、累計発行額が30億円を突破(PR TIMES) — https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000321.000054018.html JPYC岡部典孝CEOインタビュー(CoinPost) — https://coinpost.jp/crypto/interview/jpyc-jpy-stablecoin-launch/ Summary of Durbin Amendment(FMI) — https://www.fmi.org/docs/interchange/Summary_of_Durbin_Amendment.pdf Cap on EU Interchange fees – New Regulation published(Osborne Clarke) — https://osborneclarke.com/insights/cap-on-eu-interchange-fees-new-regulation-published Review of Merchant Card Payment Costs and Surcharging – Conclusions Paper(Reserve Bank of Australia, 2026年3月31日) — https://rba.gov.au/media-releases/2026/mr-26-10.html
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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