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2026年10月12日

取引を「見えないまま」並べる ― Aptosの暗号化メモリプールが示す、ブロックチェーンの公正な取引執行

取引を「見えないまま」並べる ― Aptosの暗号化メモリプールが示す、ブロックチェーンの公正な取引執行

何が稼働したのか

2026年10月12日、Aptosは公式ブログで、暗号化メモリプールがメインネットで稼働したと発表した。ブロックチェーンでは、取引は確定する前に「メモリプール」と呼ばれる待機場所に置かれる。通常はその中身が誰にでも見えるため、大口の売買注文を事前に察知し、その直前に自分の取引を差し込む行為が起こりうる。暗号化メモリプールは、取引の中身を暗号化したまま順序を確定させ、確定後に初めて復号して実行する仕組みである。

仕組み

利用者は、自分の端末で取引の中身(呼び出す機能と引数)を暗号化して送信する。ブロックの順序を決める担当者は、中身を見ずに順序を確定させる。確定後、ネットワークを運営するバリデータ(取引を検証する参加者)が協力して復号する。復号には、出資量で3分の2以上のバリデータの協力が必要で、少数の結託では中身を事前に読めない設計である。

技術面では、複数の取引をまとめて一度に復号する方式を採用し、バリデータ間の通信量と計算量を抑えている。50ノードでの検証では、通常の処理と比べて1ブロックあたり約20ミリ秒の遅延増にとどまり、ブロックは1秒未満で確定したという。2026年3月には、外部の専門家による監査も行われた。

利用条件と限界

暗号化は取引ごとに選べる任意の機能で、既存のスマートコントラクトを変更する必要はない。最初に対応したウォレットは「Petra」で、デリバティブ取引所「Decibel」も注文の秘匿に使う予定を示している。

一方で限界もある。暗号化されるのは取引の中身だけで、送信者、手数料関連の情報、署名は見えたままである。公式ドキュメントも「完全な匿名性ではない」と明記している。手数料も高くなり、単純な送金の例では通常の約7倍になる。確定後の取引データは通常どおり公開されるため、保護されるのは確定までの間に限られる。一部のアカウント形式では利用できない。

背景:MEVと市場の公正性

取引順序の操作によって得られる利益は「MEV」と呼ばれ、ブロックチェーン上の取引の構造的な課題とされてきた。EigenPhiのデータを報じたCointelegraphの記事によると、イーサリアム上で他者の取引を前後から挟み込む「サンドイッチ攻撃」で、トレーダーが被った損失は2024年11月から2025年10月の1年間で約6,000万ドルに上る。イーサリアムでも、暗号化メモリプールをプロトコルに組み込む提案(EIP-8105)が草案段階にある。

日本では、2026年7月に改正金融商品取引法が成立し、暗号資産にもインサイダー取引規制が導入された。相場操縦なども課徴金の対象に加わる。トークン化された証券や暗号資産の取引がブロックチェーン上で広がるほど、取引執行の公正さを誰がどう担保するかが問われる。暗号化メモリプールは、その一部を市場の監視ではなくインフラの設計で解決しようとする試みである。

【事業開発に関するインサイト】

  1. 取引の公正さを、事後の監視ではなくインフラの設計で担保する選択肢が現実になった。ブロックチェーン上でトークン化証券やデジタル資産の取引サービスを設計する金融機関は、どのチェーンを選ぶかの判断基準に、フロントランニング対策の有無を加えるべきである。
  2. 暗号化は手数料の上昇と引き換えになるため、すべての取引に必要なわけではない。大口注文や価格への影響が大きい取引にだけ適用するなど、取引の性質に応じて使い分ける執行の仕組みに、サービスとしての差別化の余地がある。
  3. 複数のバリデータが協力して復号する設計では、バリデータの分散度と信頼性が市場の公正さを左右する。バリデータの運営は、単なる取引の検証から、市場の公正さを支える役割へと位置づけが変わりつつある。

【引用:出典】

Aptos 公式ブログ「Encrypted Mempool now live on Aptos mainnet」 https://aptosnetwork.com/currents/encrypted-mempool-mainnet Aptos 開発者ドキュメント https://aptos.dev/build/guides/encrypted-pending-transactions Aptos Labs(Medium、2025年10月30日) https://medium.com/aptoslabs/aptos-encrypted-mempool-native-transaction-intent-confidentiality-on-aptos-e90da3cfb254 ZKSecurity 監査報告書 https://reports.zksecurity.xyz/reports/aptos-encrypted-mempool.md あたらしい経済 https://www.neweconomy.jp/posts/616575 ForkLog https://forklog.com/en/?p=105183 KuCoin Blog https://www.kucoin.com/blog/aptos-encrypted-mempool-goes-live-how-it-could-reduce-mev-attacks Cointelegraph/EigenPhi(イーサリアムのサンドイッチ攻撃) https://cointelegraph.com/research/exclusive-data-from-eigenphi-reveals-that-sandwich-attacks-on-ethereum-have-waned EIP-8105 https://eips.ethereum.org/EIPS/eip-8105 熊本日日新聞(改正金融商品取引法の成立) https://kumanichi.com/articles/2013867 モノリス法律事務所(改正金融商品取引法の解説) https://monolith.law/corporate/fiea-amendment-2026-crypto

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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