金融庁が8法域の金融制度比較調査を公表──日本の「信託型ステーブルコイン」は英国型に最も近く、送金上限と業態三分法で孤立する

何が公表されたのか
金融庁企画市場局総務課調査室が「金融制度の企画・立案の参考とするため」に委託した本調査は、表紙日付が2026年3月、報道では全609ページとされる大部の報告書である。各法域の章は「金融監督機関」と「金融機関の種類と主な規制」の二部構成で、預金取扱金融機関から保険、総合取引所、資金移動業者・暗号資産交換業者まで横並びに記述する。目次上、米国は1ページ、英国103、EU198、ドイツ269、フランス330、シンガポール378、中国433ページから始まり、暗号資産関連は米国86ページ、英国182、EU259、ドイツ321、フランス369、シンガポール421ページ付近に置かれている。別添の各国比較表は監督体制、検査職員数、自己資本比率、金利規制などの伝統的指標が中心で、ステーブルコインやRWAの比較表は含まれていない。つまり本報告書は暗号資産専門文書ではなく、金融制度全体の中にデジタル資産規制を「一節」として埋め込んだ資料である。
報告書が切り取った8法域の到達点
報道によれば、米国は2025年7月18日成立のGENIUS法を軸に、発行残高100%以上の準備資産、保有者への利息付与禁止、2027年1月18日または最終規則公布後120日のいずれか早い日の施行を記載する。EUはMiCAが2024年12月30日に全面適用され、最長18か月の移行期間が2026年6月で終了した。英国はFCA協議案として、準備資産を発行者グループ外の第三者に保管させ、償還は必要情報が揃った翌営業日まで、準備資産の利息を保有者に還元しないという三点を挙げる。中国は2026年2月6日に人民銀行など8部門が新通知を発出し、国内でのRWAトークン化の発行・取引・仲介を原則禁止、主管当局の同意を得て指定金融インフラ経由で行う業務のみ例外とした。香港はSFCが2025年11月3日の通達でライセンス取引所が扱えるトークン化証券の範囲を拡大し、海外グループ会社との板統合を認めた。報告書は3月付であるため、FCAが6月30日に確定した最終規則PS26/10や、CLARITY法案の9月の手続投票否決は反映されていない点に留意が必要である。
日本の信託型はどこに似ているか
日本の電子決済手段は、銀行預金型、資金移動業型、信託型の三類型を発行者の業態で切り分ける独自構造を持つ。信託型は受益証券発行信託の受益権として設計され、2026年6月施行の改正で裏付資産の50%を上限に満期3か月以内の日米国債と定期預金での運用が認められた。構造的に最も近いのは英国である。FCAのPS26/10は準備資産を法定信託として保有者のために分別し、発行者の倒産財団から隔離し、第三者カストディアンへの預託と翌営業日償還を義務づける。倒産隔離の仕組みを「発行者の自己資本」ではなく「信託という法的器」に求める点で、日本の受益権方式と同じ哲学を採る。一方、GENIUS法は発行者免許を中心に据え、準備資産を93日以内の米国債や現金に限定し、利息禁止で預金との競合を抑える「発行体規律型」であり、EUのMiCAは電子マネートークンの準備資産に一定比率の銀行預金を求める点で日本の預金依存型に近いが、器は電子マネー機関免許である。香港は2025年8月施行の条例で発行者に2,500万香港ドル(約4.8億円)の最低資本を課し、シンガポールはMPIライセンス下で5営業日以内の償還を求める。日本の信託型は英国と「器」を共有しつつ、償還期限の明文規定を持たない点で緩く、送金規制で厳しいという非対称を抱えている。
日本が孤立している三つの地点
第一に、1号電子決済手段の100万円送金上限と、3号で100万円超の移転に業務実施計画の認可を要する仕組みは、8法域のいずれにも相当規定がない。第二に、海外発行ステーブルコインの受け入れを、2026年6月1日施行の内閣府令で「発行者の本国規制が日本と同等で、監督情報を共有できる当局の下にあること」という同等性認定に委ねた点は、GENIUS法が2027年7月を期限に外国規制の比較可能性を二国間取極で判断する枠組みと方向は同じだが、日本側には取極の交渉主体と期限が存在しない。第三に、暗号資産を金商法へ移管する2026年7月公布の改正法がステーブルコインを対象外に残したため、投資商品としての暗号資産と決済手段としてのステーブルコインを別法で扱う二元構造が固定化された。これはMiCAが両者を単一規則に収めたのと対照的である。
来年の制度改正で参照される法域を逆算する
2026年10月20日に始動した金融庁の「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」の事務局資料は、GENIUS法の施行期限2027年1月、二国間取極期限2027年7月、非認定コインの取引期限2028年7月を時間軸として明示し、英国の2027年10月施行、EUのESMAによる9月30日提言を並べている。この配置から読めるのは、準備資産と倒産隔離の設計では英国PS26/10を、海外ステーブルコインの相互承認ではGENIUS法の比較可能性枠組みを、トークン化証券の流通拡大では香港SFC通達を参照する三方向の組み合わせである。野村HDが研究会で求めた海外発行ステーブルコインの100万円超保有・移転制限の見直しは、英国型の償還保証と米国型の相互承認が揃えば初めて正当化できる論点であり、2027年通常国会への法案化は、本報告書が描いた8法域の「到達点」をどこまで日本側で等価に再現できるかに依存する。
【事業開発に関するインサイト】
- 日本の信託型ステーブルコインを海外展開する際、受益権方式は英国PS26/10の法定信託と構造的に翻訳可能であるため、英国での同等性主張やデュアル発行の設計は他法域より先行しやすい。英国の第三者カストディ80%以上・翌営業日償還の要件を国内発行時から先取りして実装しておけば、2027年以降の相互承認交渉で「すでに充足している」と主張できる。
- 海外発行ステーブルコインの国内取扱いは2026年6月の同等性認定で道が開いたが、100万円の壁が残る限り機関投資家向けDvP決済や貿易決済には使えない。研究会で見直し論点が俎上に載った今、電子決済手段等取引業者やカストディ事業者は「100万円超の移転を認可制から届出制へ」という具体案を業界提言として提出する時間窓にある。
- 中国本土のRWAトークン化が原則禁止となり、香港SFCがトークン化証券の対象を拡大した結果、中華圏の資産トークン化需要は香港の指定インフラ経由に集中する。日本の受益証券発行信託スキームで組成した不動産STやトークン化MMFを香港のライセンス取引所に接続する「日港クロスリスティング」は、8法域中で制度的な接点が最も明確なルートである。
【引用:出典】
https://www.fsa.go.jp/common/about/research/20261030/20261030.html https://www.fsa.go.jp/common/about/research/20261030/01.pdf https://www.fsa.go.jp/common/about/research/20261030/02.pdf https://coinpost.jp/?p=745690 https://www.chaincatcher.com/article/2300432 https://www.odaily.news/zh-CN/newsflash/529202 https://www.fsa.go.jp/singi/digital_2026/shiryo/261020/jimukyoku.pdf https://www.fsa.go.jp/singi/ai_onchain/gijiroku/20260930.html https://www.fsa.go.jp/singi/ai_onchain/shiryou/20260930/02.pdf https://www.fsa.go.jp/common/conference/danwa/20251020.pdf https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20251210/01.pdf https://coinpost.jp/?p=744022 https://bittimes.net/news/223321.html https://coinpost.jp/?p=732881 https://www.simmons-simmons.com/en/publications/cmrw5bho3009otr54tnegjp2z/fca-ps-26-10-uk-stablecoin-issuance https://www.reedsmith.com/en/perspectives/2023/08/singapore-stablecoin-regulation-mas-confirms-its-framework https://www.news.cn/20260206/60e5f87e0b964ba4b0565864faee1f42/c.html https://www.bk.mufg.jp/news/news2026/pdf/news0902.pdf
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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