ソニー系L2がIPをトークン単位で登録する標準を推す ― 著作権管理の「ほふり」をチェーン上に作る試み

三日連続の発表が描く「オンチェーン・エンタテインメント経済」
Soneiumは2025年1月のメインネット公開から約1年9カ月、ガス代をETHで支払う独自トークン不在のL2として運営されてきたが、10月26日に初めてエコシステム・ネイティブトークン「SONEIUM」の発行計画を公表した。公式ブログはこれをクリエイター、IP保有者、開発者、ファン、投資家を結ぶ「経済レイヤー」と位置づけるにとどめ、ガス、ガバナンス、ロイヤリティ受取といった具体的な機能やTGE時期は明示していない。発表文には、計画は変更されうること、トークンは未発行であること、本件は勧誘ではなく将来の発行は適用法令に従うことが明記されており、国内メディアも「発行は正式には決まっておらず、国内流通も未定」と報じている。同時に発表された「Tokenized IP」は、作品やキャラクターのグッズ販売、ライセンス、新作制作といった事業活動の将来収益をオンチェーンに持ち込み、ファンと投資家が資金供給に参加できる仕組みで、個別作品に紐づく「IPトークン」、ファンド型の「IP Vault」、エンタメ事業を裏付けとする「IP Bond」の三形態が示された。IPトークンはファンダムの証明となるコレクティブル型と、当該IP経済圏の主通貨として流通するファンジブル型の双方を取りうるとされる。翌27日には、スイスのPartners Groupが運用する約5億4,900万ドル(約866億円、53投資先・10万超のロイヤリティ源泉。The Weekndの過去作やDiscoveryのテレビライブラリ、医薬・ブランド・エネルギー転換資産を含む)のロイヤリティ・ファンドへのアクセスを、HashKey系のAssetoがトークン化して提供するIP Vaultと、入出金に用いるステーブルコインipUSD(Startale USDを裏付けに1対1で交換、最低100ipUSD)が開始され、初回募集は開始から約2時間で満額となった。29日にはソニーグループ株式会社が「Sony Onchain Entertainment Incubation Program」を公表し、12月末まで世界から公募し2027年3月までに選考する。2024年以降の二つの前身プログラムで43件を採択した実績の上に、エンタメ特化のグローバル枠組みへと再編した形である。
第1号は「もりうさ」、K-POPのコンサート収益はロイヤリティ債券へ
IPトークンの第1号には、総フォロワー6,000万人超、YouTube総再生137億回のクリエイター群を抱える東京のSUPER STATE HOLDINGSのキャラクター「もりうさ」が選ばれ、グッズ、短編アニメ、ライセンス展開へとファンが資金面で関与する設計が示された。もう一方の柱は韓国DayOneDream(WAVIST)との提携で、実績あるK-POPアーティストのコンサート事業から生じるロイヤリティをIP Bondとしてトークン化する。前者は「生まれたてのIPの成長資金」、後者は「既存事業のキャッシュフロー証券化」であり、Tokenized IPがベンチャー投資的な側面と債券的な側面の両方を一つの窓口で扱おうとしていることが分かる。これらの売買・配分の場として公開されたSoneium Portalは、当面は一次販売から始め、ファン参加とロイヤリティ分配へ段階的に拡張するとされており、日本在住者が利用できるかは発表時点で明らかにされていない。
ERC-8432は何を規定し、何を規定しないか
Soneiumが支持を表明したERC-8432「Onchain IP Asset and License Registry」は、Jeroen Ost氏(@jeroost)が単独著者となるEthereum標準案で、作成日2026年6月30日、9月末にEthereum Magiciansで議論が始まり、現在の状態はDraftである。Soneium自身が起草したものではなく、10月6日に支持を表明した外部標準という関係にある。仕様の核は三つの記録、すなわち作品と著者・管理者を示す「IP資産」、内容ハッシュで識別される再利用可能な「ライセンス条件」、資産・条件・被許諾者を結ぶ「ライセンス契約」であり、それぞれipid、ipterms、ipagreementという接頭辞でチェーンID・レジストリアドレス・IDの三つ組を用いてグローバルに参照できる。ライセンス条件には期限、譲渡可否、撤回可否、排他性、法域、商用利用・派生可否・表示義務の三値要約と料金モデル分類が機械可読で載り、法的に有効な契約書はURIと内容ハッシュで「参照により組み込む」形をとる。親作品への署名付き派生証明、ERC-721トークンへの結合、ERC-2981風の基点換算ヘルパー、そして本人確認や法域要件をレジストリ運営者が差し込める事前照会フック(canLicense等)が備わる。重要なのは、仕様自身がロイヤリティ分配、料金徴収、派生グラフ探索、紛争解決、法的強制、クロスチェーン検証を「中核が行わないこと」として列挙し、契約が有効と返しても法的有効性や許諾者の権原を保証しない、と繰り返し明記している点である。Story Protocolが独自ネットワーク上に登録・ライセンス・グラフを統合実装し、ERC-5218等がトークン中心に権利を表現するのに対し、ERC-8432は「レジストリを特権化しないメカニズム標準」として差別化しており、Soneiumのブログが示すIP Registry・IP Graph・IP Execution Layerの三層のうち、標準が覆うのは登録簿の部分に限られる。
法的効力なき登録簿で何が機能するか
日本の著作権は無方式主義で発生し、文化庁の登録は移転等の第三者対抗要件や推定効を与えるにとどまる。音楽著作権の集中管理はJASRAC等の著作権等管理事業法に基づく登録事業者が担い、オンチェーン登録簿がこれらに代わる法的効力を持つことはない。ERC-8432もそれを前提に、登録簿を「証拠であって錠ではない」と自己規定している。それでも機能しうるのは、第一に、どのIPにどの条件が付され誰が有効な許諾を持つかを他のコントラクトやAIエージェントが単一の照会で確認できる「照会可能性」であり、第二に、収益分配や償還の実行をレジストリ外のコントラクトに委ねつつ参照先を標準化できる「相互運用性」である。株式の「ほふり」が法的な権利帰属を担うのに対し、本件は権利帰属を法制度と契約書に残し、照会と決済の配線のみをチェーンに載せる構成であり、その配線の上にIP Vaultのような金融商品が乗ることで、エンタメIPのキャッシュフローが機関投資家級の資産と同じ器で扱われ始める点が最大の意味である。
【事業開発に関するインサイト】
- ERC-8432はSoneium固有ではなく、どのEVMチェーンのレジストリにも実装できるメカニズム標準である。国内のIPホルダーやライセンス管理事業者は、Soneiumへの参加判断とは切り離して、自社の権利台帳をipid形式で参照可能にしておく価値がある。法的効力は従来通り契約書とJASRAC等の集中管理に置き、機械可読な条件要約と内容ハッシュをチェーン上に公開するだけで、AIエージェントによる利用照会や海外プラットフォームとの接続コストを下げられる。
- Tokenized IPは「新規IPの成長資金(もりうさ型)」と「既存事業のキャッシュフロー証券化(K-POPコンサート型、Partners Groupファンド型)」を一つの窓口に並べる構成であり、後者は実質的に金融商品である。日本の事業者が同様のスキームを組む場合、ロイヤリティ受益権が金商法上の集団投資スキーム持分や電子記録移転権利に該当する可能性、ipUSDのような専用ステーブルコインが資金決済法上の電子決済手段に当たるかを最初に切り分ける必要がある。
- ソニーグループ本体がインキュベーション公募で「Soneium上でのオンチェーン実装」を応募要件とし、Sony Ventures経由でStartaleに出資している以上、Soneiumは国内大手IPホルダーにとってもっとも接続コストの低いエンタメ特化L2となる。コンテンツ企業は自前チェーンを検討する前に、Soneium Portalでの一次販売とERC-8432準拠のレジストリ公開を小規模に試し、ファンの資金参加の実需を測るのが合理的である。
【引用:出典】
https://soneium.org/en/blog/onchain-entertainment-economy https://chainwire.org/2026/10/26/soneium-enters-a-new-era-of-onchain-entertainment-with-native-ecosystem-token-and-tokenized-ips-in-the-ai-era/ https://optimism.io/blog/soneium-2-tokenized-ip-op-enterprise https://www.neweconomy.jp/posts/620351 https://coinpost.jp/?p=744397 https://github.com/sgc-web3/erc-8432 https://raw.githubusercontent.com/sgc-web3/erc-8432/master/docs/erc-8432.md https://ethereum-magicians.org/t/erc-8432-onchain-ip-asset-and-license-registry/29792 https://www.tokenpost.com/news/technology/27022 https://soneium.org/en/blog/ipusd-and-ip-vault/ https://chainwire.org/2026/10/27/soneium-unlocks-access-to-institutional-grade-royalties-bringing-partners-groups-549-million-royalties-fund-onchain-with-asseto/ https://neweconomy.jp/posts/621863 https://www.sony.com/ja/SonyInfo/News/Press/202610/26-024/ https://soneium.org/en/blog/sony-incubation-program/ https://coinotaku.com/news/articles/255711 https://deeppoint.remixpoint.co.jp/grants/sony-onchain-entertainment-incubation https://crypto.news/sony-launches-soneium-incubation-program-for-creators/ https://www.theblock.co/post/312738/sony-group-teases-upcoming-launch-ethereum-layer-2
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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