永久先物(パーペチュアル)完全理解 ― シラーの1993年論文からHyperliquid台頭まで、世界デリバティブ市場を呑み込んだ「期限なき契約」の全史

起源 ― シラー「1993年論文」が提示した理論的フレームワーク
永久先物の理論的源流は、後にノーベル経済学賞を受賞するイェール大学のロバート・シラー教授が1993年7月にJournal of Finance(Vol.48, No.3, pp.911-931 / NBER Technical Working Paper No.t0131)に発表した論文「Measuring Asset Values for Cash Settlement in Derivative Markets: Hedonic Repeated Measures Indices and Perpetual Futures」に遡る。同論文では不動産賃料や企業利益などの観測可能なキャッシュフローを参照する「期限のない先物」が提案され、ロング・ショート間で授受される定期的な金利調整(後のファンディングレートに相当)によって先物価格を原資産価格に固定するという基本設計が示された。香港金銀貿易場の「無期限先物」は実質的に1日先物の自動ロールに過ぎず、価格が自由変動する真の永久先物の概念的枠組みはこのシラー論文を起点とするのが学術的通説である(Wharton大/Ackerer-Hugonnier-Jermann 2024)。
発明 ― BitMEXによる暗号資産永久先物の量産化(2016年5月)
理論を実装に変えたのは、2014年にセーシェルで設立された暗号資産デリバティブ取引所BitMEXである。共同創業者のArthur Hayes、Ben Delo、Sam Reedは、2016年5月13日に世界初の暗号資産永久先物「XBTUSD perpetual swap」をローンチした。発端は、四半期先物の期限切れ・ロールに不満を抱く個人投資家から「契約が突然消えた」とのクレームが続いたことで、Ben Deloが「期限のない先物」のアイデアを着想したと記録されている。実装にあたっては香港在住のJoseph Wang・Bhavik Patelの助言を受け、当時の暗号資産レンディング市場を主導していたBitfinexのP2P金利を参照したファンディングレート、上限0.5%/時のキャップ、社会化損失型マージン制度を組み合わせた。最大100倍レバレッジ・無期限・24時間取引という設計は爆発的支持を集め、2018年には日次想定取引高が10億ドル超に達し、世界中のCEXが模倣する標準仕様となった。
核心的発明 ― ファンディングレートが永久契約を成立させる
永久契約には満期がないため、価格をスポットへ収束させる強制力が必要となる。その役割を果たすのがファンディングレートで、これは取引所手数料ではなく、ロングとショート間で直接授受される定期支払いである。一般的な算式は「Funding Rate = Premium Index + clamp(Interest Rate − Premium Index, −0.05%, +0.05%)」であり、Premium Indexは永久契約価格とスポット価格の乖離、Interest Rateは標準で8時間あたり0.01%(年率約10.95%)が広く採用されている。永久価格がスポットを上回る強気局面ではロングがショートに支払い、下回る弱気局面ではその逆となり、参加者に裁定インセンティブを与えて価格を継続的にスポットに収斂させる仕組みである。ファンディング頻度はBitMEX・Bybit・Binance・Hyperliquidが8時間毎、Coinbaseが1時間毎など取引所により異なる。学術的にも、Ackerer-Hugonnier-Jermann(2024)はファンディング条件を正しく設計すれば永久先物価格とスポット価格の基差がゼロに収束することを無裁定理論下で証明している。
拡散 ― CEXによる模倣と初期DEXの挑戦
BitMEXの成功を受けて、Bybit・OKEx(現OKX)が2018年12月、FTXが2019年10月、Binanceが2019年12月に永久先物を相次いで導入。Binanceは現在世界最大の永久先物取引高を誇る。2023年上期時点で、ビットコイン先物全体の日次平均取引高約270億ドルのうち永久先物が75%、建玉残高80億ドルのうち94%を占め、永久先物は名実ともに暗号資産デリバティブの中核となった。一方、オンチェーン側では2017年のdYdXホワイトペーパーを起点に、2020年にdYdXがイーサリアム上で初のBTC永久先物を提供。2021年にはStarkEx基盤のL2版v3が稼働し、同年Q4には永久DEX取引高の94.8%を独占した。2021年9月にArbitrum上で稼働したGMXは、GLP(マルチアセット流動性プール)と外部オラクル価格を組み合わせる方式で、2022年のFTX破綻による中央集権取引所への信頼失墜を追い風にシェアを急拡大、2023年中盤にはOIで30%を占めた。Perpetual Protocol(vAMM)、Gains Network、Kwenta、Level Financeなど多様な設計が並走したが、CEXの利便性と速度には及ばなかった。
覇権交代 ― Hyperliquidが書き換えた競争地図
2023年にJeff Yan(Harvard卒・元Hudson River Trading)と共同創業者iliensincが立ち上げたHyperliquidは、ベンチャーキャピタル資金を一切受け入れず、自己資金のみで独自L1ブロックチェーンを構築。HotStuffベースの独自コンセンサスHyperBFTにより約20万件/秒の処理性能・ブロック確定約0.07秒を実現し、フルオンチェーン中央指値注文板(CLOB)を載せた。2024年11月29日、約94,000人の早期ユーザーに総供給量10億HYPEのうち31%(3億1,000万HYPE、当時時価約13億ドル=約2,000億円規模)を配布する大規模エアドロップを実施。発行価格3.20ドルから1か月で約35ドルまで急騰し、過去最高値59.39ドル(2025年9月)まで上昇した。2025年Q2には永久DEX市場の73%、8月には80%のシェアを獲得、月間取引高は350億ドル超に達した。2025年通年での取引高は約2.9兆ドル、プラットフォーム累計収益は6億ドル超とされ、HYPEは2026年4月時点で時価総額約100億ドル(単価約40ドル)で取引されている。CoinGecko調査では、永久DEX全体のシェアは2022年のCEX比2%未満から2025年には10%超に拡大し、年間取引高7.9兆ドルに到達した。
競争激化 ― Aster・Lighter・edgeXの追撃とHyperliquidの「流動性のAWS」戦略
Hyperliquidの独走は2025年後半に転機を迎える。9月にローンチしたBinance系のAsterが1週間で価格約2,800%上昇、Lighter、edgeXなどポイント・エアドロップ主導の新興DEXが台頭し、Hyperliquidの月次取引高シェアは2025年10月までに38%前後へ低下した(ただしOIシェアでは依然62%程度を維持)。これに対しHyperliquidはHIP-3(500,000 HYPEのステーキングで誰でも独自永久先物市場を立ち上げ可能。手数料収益は配置者に帰属)、Builder Codes(外部開発者がフロントエンドを構築し永久先物で最大0.1%の追加手数料を取得可能)、HyperEVM+CoreWriter(スマートコントラクトからHyperCoreの板に書き込み可能)を展開。「AWS of Liquidity(流動性のAWS)」というビジョンを掲げ、外部事業者XYZ社がHIP-3を活用してナスダック100連動の株価指数永久先物(日次取引高1億ドル超)をローンチするなど、暗号資産外領域への拡張も開始している。
伝統金融への波及 ― TradFiも「期限なし」契約へ
2025年にはCoinbaseが米国で個人向け永久先物を上場、シンガポール取引所(SGX)と米CBOEも年内に永久型契約の導入を計画している。Arthur Hayes自身は「2026年末までに株式の価格発見の場が永久契約型に移行する」との大胆な見通しを示しており、永久先物は暗号資産発の発明から、グローバルな24時間デリバティブ市場のデファクト・スタンダードへと変貌しつつある。「適応するか、死か(Adapt or Die)」というHayesの警句は、もはや暗号資産業界だけでなく、伝統的な先物取引所が直面するリアルな経営課題となっている。
【事業開発に関するインサイト】
- 「流動性のAWS」という新パラダイム ― プラットフォーム化が鍵: Hyperliquidの真の革新は技術ではなく、HIP-3・Builder Codes・CoreWriterによって自社取引所を「他者が上に構築するインフラ」へと再定義した点にある。日本企業がこの領域に参入する場合、ゼロから独自取引所を構築するのではなく、Hyperliquidや類似インフラ上にローカライズUI・規制適合層・機関投資家向けAPIを構築するアプローチが現実的である。Telegramボット「PvP」がBuilder Codes経由で約730万ドルを稼ぎ出した実例は、流通層の収益化が決して幻想ではないことを示している。
- トークン分配設計が長期生存を決める ― VCゼロモデルの示唆: Hyperliquidの差別化要因はテクノロジーよりも、VCゼロ・コミュニティ配分76%という分配構造そのものにある。dYdXやGMXがVC・インサイダーの大規模アンロックで構造的売り圧力を抱えたのに対し、Hyperliquidは平均保有コストが市場価格に近い保有者層を形成し、ドローダウン耐性が高い。新規プロトコルやWeb3スタートアップは、トークノミクスをマーケティング副産物ではなく、長期需給設計の中核として再評価する必要がある。さらに97%の手数料収益をHYPE買戻し・バーンに充てる設計は、プロトコル収益と保有者価値を直接結びつける新しい持続性モデルの好例である。
- TradFi×永久先物の窓が開いた ― 日本市場での先行価値: CBOE、SGX、Coinbaseが永久型契約の上場・検討を進める2025-2026年は、暗号資産で培われた永久先物の運用知見をグローバル金融市場に展開する商機である。日本市場では信託・税制・金商法上の論点整理が不可欠だが、「24時間取引」「期限切れなし」「ファンディングレート」の3要素は伝統的な為替・商品・株価指数デリバティブのUXを根本的に改善する余地を持つ。ブローカー・取引所・データベンダー・ファンドアドミにとって、TradFi×Crypto-native設計を橋渡しするポジションへの早期参入は、5~10年単位での競争優位の源泉となり得る。
【出典】
- Robert J. Shiller (1993), "Measuring Asset Values for Cash Settlement in Derivative Markets," Journal of Finance, Vol.48, No.3, pp.911-931 / NBER Working Paper t0131: https://www.nber.org/papers/t0131
- Ackerer, Hugonnier, Jermann (2024), "Perpetual Futures Pricing," Wharton: https://finance.wharton.upenn.edu/~jermann/AHJ-main-10.pdf
- Arthur Hayes, "Adapt or Die," Crypto Trader Digest: https://cryptohayes.substack.com/p/adapt-or-die
- BitMEX沿革(Wikipedia): https://en.wikipedia.org/wiki/BitMEX
- The Token Dispatch, "Arthur Hayes: The Derivatives Genius": https://www.thetokendispatch.com/p/arthur-hayes-the-derivatives-genius
- TokenInsight, BitMEX創業期のエピソード: https://tokeninsight.com/en/tokenwiki/all/who-is-arthur-hayes-a-tradfi-maverick-and-a-true-crypto-enthusiast
- Coinbase Learn, ファンディングレート解説: https://www.coinbase.com/learn/perpetual-futures/understanding-funding-rates-in-perpetual-futures
- Binance Blog, Funding Rate解説: https://www.binance.com/en/blog/futures/what-is-futures-funding-rate-and-why-it-matters-421499824684903247
- OKX Ventures, Perp DEX全史分析(dYdX・GMX・Hyperliquid比較): https://bbx.com/ko/article/495812
- CoinGecko, "The State of Decentralized Perpetual Protocols 2023": https://www.coingecko.com/research/publications/decentralized-perpetuals-report-2023
- Hyperliquid公式ドキュメント(HIP-3, Builder Codes): https://hyperliquid.gitbook.io/hyperliquid-docs/
- OAK Research, "Hyperliquid's vision: The AWS of liquidity": https://oakresearch.io/en/analyses/fundamentals/hyperliquid-vision-aws-of-liquidity-builder-codes-core-writer-hip-3
- RedStone Blog, Hyperliquid Report: https://blog.redstone.finance/2025/08/21/hyperliquid/
- BeInCrypto, "DEXs Surge to 10% of Perpetuals" (2026年3月): https://beincrypto.com/hyperliquid-dexs-cex-coingecko/
- Cryptopolitan, "DEX perpetual futures maintain 3-month streak of $1 trillion in monthly volume" (2026年1月): https://www.cryptopolitan.com/dex-perpetual-futures-trading-growth/
- CoinDesk, "HyperLiquid's Native HYPE Token Debuts at $4.2B FDV": https://www.coindesk.com/business/2024/11/29/hyper-liquids-native-token-debuts-at-fully-diluted-4-2-b-market-cap
- CoinMarketCap, HYPE価格データ: https://coinmarketcap.com/currencies/hyperliquid/
- BingX News, "Arthur Hayes predicts equity pricing will shift to perpetual contracts by end of 2026": https://bingx.com/en/news/post/arthur-hayes-equity-pricing-to-shift-to-perpetual-contracts-by-end-of
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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