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2026年05月12日

Ethereumが「ブラインド署名」を終わらせる──Clear Signing標準化が示すWeb3セキュリティの新パラダイム

Ethereumが「ブラインド署名」を終わらせる──Clear Signing標準化が示すWeb3セキュリティの新パラダイム

「見たままに署名する」──構造的欠陥への解答

Clear Signingは「What You See Is What You Sign(見たままに署名する)」を理念とする、取引承認時の表示を人間可読の自然言語に変換する標準である。これまで多くのウォレットは16進数の生データ(calldata)を表示し、ユーザーは内容を理解できないまま承認する「ブラインド署名」を強いられてきた。Ethereum Foundationは公式ブログで「取引承認はブロックチェーン上の資産管理における最後の防衛線」でありながら、ブラインドで行えば「その防衛線は機能しない」と踏み込んだ表現で構造的欠陥を認めた。

技術構成は4層──ERC-7730 + レジストリ + ERC-8176 + ツーリング

Clear Signingは単一の機能ではなく4層構造のインフラだ。第一にERC-7730は、スマートコントラクト呼び出しと型付きメッセージを人間可読に記述する共通JSONフォーマット。第二に公開レジストリ「clearsigning.org」にディスクリプタを登録し、ウォレットが参照する。第三にERC-8176(認証フレームワーク)でEthereum Attestation Serviceを用い、独立監査人がディスクリプタの正確性を暗号学的に証明する。第四にウォレット・開発者向けのオープンソースツーリングが用意される。重要なのは、ディスクリプタがオフチェーン管理である点。既存スマートコントラクトの再デプロイは不要で、後付けで全エコシステムに適用できる。

Ledger起点、Ethereum Foundationへの「中立的ホスト移管」

ERC-7730は2023年にLedgerが提案し、初期ツーリングとレジストリを構築してきた。今回の発表の本質は、その運営をEthereum Foundationの「Trillion Dollar Security Initiative(1兆ドル・セキュリティ構想)」に移管し、中立的なエコシステム標準へ昇格させた点にある。Trezorは2026年6月30日までの実装を表明、MetaMask、Fireblocks、WalletConnect、Cyfrin、Sourcify、Zama、ZKnox、Keycard、Argotらが作業部会に参画する。Trezor CTOのTomáš Sušánka氏は「業界全体にとって極めて重要なセキュリティの進化」と評した。

Bybit 14億ドルハックという「業界の傷」

直接の引き金は2025年2月21日のBybitハック事件である。Lazarus Group(北朝鮮国家関連)がSafe{Wallet}のフロントエンド(AWS S3バケット上のJavaScript)を改竄し、Bybitの署名者が承認した「コールド→ホットウォレット移送」取引を裏で別の悪意あるコントラクトコールに置換。3名のマルチシグ署名者は表示された内容を信じて承認したが、実態はウォレット制御権の移転であり、約40.1万ETH・14億ドル(約2240億円)が瞬時に流出した。仮にClear Signingが実装されていれば、署名者は実際に呼び出されるdelegatecallと宛先アドレスを人間可読で確認でき、改竄を検知できた可能性が高い。

【事業開発に関するインサイト】

  1. 「プロトコル変更不要」のセキュリティアップグレードという発明──Clear Signingの最大の戦略的妙は、Ethereumベースチェーンの変更を一切要求しない点にある。ディスクリプタはオフチェーン、レジストリは独立、既存コントラクトは無改修で適用可能。ハードフォークやEIPの長期合意プロセスを経ずに、ウォレット製品レイヤーで「即実装可能なセキュリティ層」を立ち上げた。エンタープライズWeb3導入の最大障壁である「予測不能な署名リスク」を、製品実装のスピード感で潰しに行く設計判断である。
  2. 「中立的ホスト」の価値──Ledger単独ではなく、Ethereum Foundationへ──ERC-7730を最初に立ち上げたLedgerが、自らの主導権を手放してEthereum Foundationにステュワードを譲ったことは戦略的に正しい選択だ。単一ベンダーがホストする標準は競合ウォレットに採用されにくいが、中立的財団が運用すれば全ウォレット・全L2・全L3に展開できる。Web3における「業界標準」を作るには、エゴを手放してエコシステムに渡せるかが鍵となる。
  3. CISO・コンプライアンス担当者の評価軸が変わる──機関投資家・上場企業にとって、Clear Signing対応はカストディアン・ウォレットベンダー選定の必須要件となる可能性が高い。「ブラインド署名を許容するインフラはガバナンス上認可できない」という監査基準が定着すれば、企業向けカストディ(Fireblocks等)と一般ウォレット(MetaMask等)の双方で、Clear Signing対応有無が調達条件となる。Web3関連サービスを企業に提供するベンダーは、2026年Q3までに対応状況を明示できる体制を整えるべきだ。

【引用:出典】

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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