ウォール街の「配管」がブロックチェーン化——DTCC、トークン化証券の本番取引を開始した歴史的一日の全貌

DTCCとは何か:1日で兆ドル単位を処理する「見えない中枢」
DTCC(米国証券保管振替機関)は、米国の証券取引の裏側で清算・決済・保管を担う市場インフラで、2025年には総額4,700兆ドル(4.7 quadrillion)の証券取引を処理し、保管資産は114兆ドルに上る。この「ウォール街の配管」が自らブロックチェーン基盤のトークン化サービスを本番稼働させた意味は大きい。7月15日、DTCCは「DTCトークン化サービス」の限定的な本番取引を実施し、10月の本格提供開始に先立つ実証を完了した。参加は約40社で、より広い業界ワーキンググループにはBlackRock、Goldman Sachs、Morgan Stanley、Nasdaqなど50社超が名を連ねる。
何が行われたか:QQQのトークン化とCME証拠金の歴史的受入れ
当日はユースケースごとに実取引が行われた。JPMorgan ChaseはナスダックのETFであるInvesco QQQ Trustの保有分の一部をトークン形式に変換した。トークン化後も従来形式の証券へいつでも戻せる双方向変換が特徴だ。Vanguardはトークン化株式同士の交換、Citadel SecuritiesとAlpacaは現物株式のトークン化ポジションへの変換、BNP Paribas等はトークン化資産の担保差し入れを実施した。特筆すべきは、JPMorganが世界最大のデリバティブ取引所CMEグループの証拠金請求(マージンコール)にトークン化資産で応じた点で、中央清算機関がトークン化担保を受け入れた初の事例となった。対象資産はQQQのほか、SPDR S&P500 ETF、Microsoft株、Circle株、米国債と幅広い。
「ラップ型」との決定的な違い:権利を保持したままの真正トークン化
海外で先行する株式トークンの多くは、価格連動のみを目的とする「ラップ型(ラッパー)」で、議決権や配当請求権は保持者に及ばないことが多い。DTCC方式は、DTCが保管する証券そのものをトークン化するため、所有権・配当・議決権など従来証券と同等の権利がトークンに引き継がれる。基盤にはHyperledger BesuベースのシステムやCanton Networkを利用し、5月にはChainlinkの実行環境を担保管理システムに統合済みだ。ただし稼働環境は許可型(パーミッションド)であり、Ethereum上のDeFiプロトコルとの直接接続は想定されていない。この点は、公開チェーン上でトークン化商品を展開するOndo Finance等との構造的な違いである。
規制の裏付けと10月への道筋
本番取引が可能になった背景には、2025年12月に米SECがDTCの保管証券のトークン化サービスに対し3年間のノーアクションレター(不作為確約)を発行し、規制上の道筋を整えたことがある。つまり今回はサンドボックス実験ではなく、規制された本番業務としての稼働だ。DTCCは10月にサービスの対象参加者と資産クラスを拡大する計画で、取引時間の拡大、決済の迅速化、担保として固定されている流動性の有効活用が期待される。同日にはOndoがDTC保管証券ベースのトークン化で協業を発表し、13日には英国政府が54社によるトークン化タスクフォースを立ち上げるなど、各国で「規制インフラ発」のトークン化が同時進行している。
【事業開発に関するインサイト】
- 「インフラ主導」のトークン化が競争のルールを変える:公開チェーン上のラップ型トークンで先行してきた事業者は、DTCCのような既存インフラが完全な権利を保持する真正トークン化を提供し始めたことで、差別化の再定義を迫られる。日本でも保振(JASDEC)や日証クリアリング機構が同様の動きに出るかが、国内トークン化ビジネスの前提を左右する。
- 担保・レポ市場が最初の収益化領域:CMEによるトークン化証拠金の受入れは、24時間動く担保モビリティという機関投資家の実需を証明した。日本の金融機関にとっては、クロスボーダーの担保管理・レポ取引の効率化が、トークン化の投資対効果を最も説明しやすいユースケースであり、海外CCPとの接続要件の調査を先行させる価値がある。
- SECのノーアクションレター方式は日本の制度設計の参照モデル:法改正を待たず3年間の限定的な確約で本番稼働を可能にした米国の手法は、日本の金商法改正後の細則整備において、サンドボックスと本則の中間にある「時限的な本番許容」の設計として参考になる。当局対応の知見を持つ事業者には制度対話への参画機会がある。
【引用:出典】
- NADA NEWS「DTCC、トークン化証券の本番取引開始」 https://www.nadanews.com/359787/
- DTCC公式X(2026年7月15日の実施報告) https://x.com/The_DTCC/status/2077379828186021977
- CoinDesk「DTCC moves tokenized securities into live trading」 https://www.coindesk.com/business/2026/07/15/dtcc-moves-tokenized-securities-into-live-trading-marking-a-milestone-for-wall-street-s-blockchain-push
- PYMNTS「Wall Street Giants Mobilize Tokenized Assets in DTCC Live Production Launch」 https://www.pymnts.com/blockchain/2026/wall-street-giants-mobilize-tokenized-assets-dtcc-live-production-launch/
- Markets Media「J.P. Morgan Tokenizes QQQ ETF at DTCC」 https://www.marketsmedia.com/j-p-morgan-tokenizes-qqq-etf-at-dtcc/
- Genfinity「DTCC Processes First Live Tokenized Stock, ETF, and Treasury Trades」 https://genfinity.io/2026/07/15/dtcc-processes-first-live-tokenized-trades-stocks-etfs-treasuries/
- Crypto Briefing「JPMorgan, BlackRock and Goldman Sachs are tokenizing stocks and Treasurys through DTCC pilot」 https://cryptobriefing.com/jpmorgan-blackrock-goldman-tokenize-stocks-treasurys/
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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