ハイパーリキッドの「規制外プレミアム」が剥がれるとき——JPモルガンが示した二正面の競争軸

二正面で同時に起きていること
レポートを率いたマネージングディレクターのニコラス・パニギルゾグロウ氏は、ハイパーリキッドのような分散型プラットフォームの市場シェアに重大な課題があると述べた。第一の課題は米規制下の暗号資産無期限先物商品との競合であり、米規制商品の登場はオフショアや分散型の取引拠点から国内拠点へ流動性を移す動きを加速させ得ると指摘している。あわせて分散型プラットフォームは、無登録デリバティブ業務、本人確認・資金洗浄対策の限界、価格操作、システム攻撃、オラクル障害、投資家保護の弱さといったリスクを抱えるとした。
第二の課題は予測市場である。ハイパーリキッドは2026年初に試験導入した予測市場型契約「Outcomes」を5月に本格展開し、無期限先物への依存を減らそうとしている。だが、この領域には既存事業者と新規参入者が犇めく。HYPEトークンの価値は、主力である無期限先物取引の手数料収入とプラットフォーム上の活動に強く結び付いているとアナリストは分析した。ソラナやXRPといった大型銘柄を時価総額で上回れるかは未知数だとも述べている。
オンショア化は制度として実装済みである
「米規制下の無期限先物」は構想段階ではない。CFTCは2026年5月、指定契約市場KalshiEXのビットコイン無期限先物契約BTCPERPを承認し、これが米登録取引所における初のビットコイン・パープとなった。同時にコインベースが米国顧客をグローバルな無期限・オプション市場へ接続する道も開いた。カルシは承認当日に自社契約を開始し、初週で10億ドル超の出来高を記録したと報じられている。CFTCはさらに、既存の先物契約から期限を外して真のパープへ転換することを認める無措置書簡を出した(同書簡は2026年6月末で期限到来)。
クラーケンは2026年6月15日、親会社ペイワードが同年4月から5月にかけて取得したCFTC規制取引所Bitnomialを基盤に、米国の適格顧客向け無期限先物を開始した。対象はビットコイン、イーサ、ソラナ、XRPなど9銘柄で、8時間ごとのファンディングという業界標準の設計を採る。無期限先物の世界出来高は2025年に60兆ドルを突破しており、その大半がオフショアで発生していた。米国はいま、この巨大な取引フローの本国回帰を制度的に誘導している。
ETFフローが暴いた「需要の質」
見落とされやすいが、JPモルガンが示したETFデータには構造的な示唆がある。HYPE ETFは5月・6月に運用資産比で最大の流入を記録し、その後7月・8月に停滞した。ところが暗号資産ETF市場全体は逆に、5月・6月に大幅流出を記録した後、7月以降は小幅流入へ転じている。つまりHYPE ETFのフローは市場全体と逆位相で動いた。これは、HYPE ETFの限界的な買い手がビットコインやイーサのETF投資家とは別種であり、資産配分ではなくナラティブに反応する資金だったことを示唆する。ナラティブ主導の資金は、競争環境の悪化という材料に対して極めて反応が速い。
規模感も直視すべきである。ビットコインとイーサの現物ETFの運用資産はそれぞれ約770億ドル、約100億ドルで暗号資産ETF市場の大半を占め、ソラナ・XRP・ハイパーリキッド関連を含むその他の暗号資産ETFは合計で20億〜30億ドルにとどまる。アルトコインETF市場全体でビットコインETFの4%に満たない。ETF化は流動性の入口を作るが、需要そのものを創出するわけではない。HYPEは企業の暗号資産保有において、ビットコイン、イーサ、ソラナに次ぐ第4位の資産となっているが、その地位もETFフローと取引シェアの動向に依存する。
剥がれつつあるのは「規制外プレミアム」である
ハイパーリキッドの強みとされてきたのは、自己管理型のカストディ、本人確認を要さない参加、高いレバレッジ、そしてHIP-3の枠組みによるロングテール資産のパーミッションレス上場だった。CFTC規制下の venue はレバレッジ上限、変動性コントロール、本人確認義務を課されるため、これらを模倣できない。裏を返せば、ハイパーリキッドが享受してきたのは技術的優位というより、規制上の非対称性から生じるプレミアムだった。
米国が国内に規制されたパープ市場を用意すれば、そのプレミアムのうち「オフショアでしか取引できないから仕方なく使う」層に対応する部分は消える。残るのは、本人確認を積極的に忌避する層と、規制取引所が上場できないロングテール資産を求める層である。前者は制度環境が引き締まるほど縮小し、後者は流動性が薄く事故が起きやすい。実際、SpaceX関連の永久契約で発生したフラッシュクラッシュでは約150万ドルが失われたと報じられている。JPモルガンが挙げたオラクル障害や価格操作のリスクは、この構造の必然的な帰結である。
予測市場でも同じ力学が働く。CFTC規制下のカルシは2026年5月に179.1億ドルの想定元本出来高を記録して9カ月連続の最高を更新し、ポリマーケットは同月70.8億ドルにとどまった。両者合計の6月出来高は448億ドルに達している。カルシは規制対象の予測市場venue における想定元本の8割超を占め、企業評価額は200億ドル超に達したと報じられる。ハイパーリキッドの「Outcomes」は、この規模の規制済み先行者がいる市場へ後発参入する構図にある。
事業開発に関するインサイト
- 規制裁定を収益源とするビジネスモデルは、制度整備のスピードに対して極めて脆い。 ハイパーリキッドは無期限先物という単一プロダクトの手数料に価値が集中する構造で、その優位性の相当部分が米規制の空白に由来していた。CFTCが2026年5月から6月にかけてカルシ承認、コインベース向けガイダンス、無措置書簡、クラーケンのBitnomial経由の launch と立て続けに扉を開けた結果、この空白は数カ月で埋まりつつある。自社の収益が「規制がまだ来ていないこと」に依存していないかを、事業ポートフォリオ単位で棚卸しする価値がある。規制到来後も残る優位は、技術性能、決済ファイナリティ、資産の網羅性といった構造的なものに限られる。
- ETF組成は流動性の入口であって需要の源泉ではない。 ビットコイン約770億ドル、イーサ約100億ドルに対し、その他アルトコインETFの合計は20億〜30億ドルにすぎない。日本でも現物ETFの制度整備が議論されているが、ビットコイン・イーサ以外の銘柄については、ETF化しても資金は限定的にしか集まらないという米国の実証結果を前提に据えるべきである。むしろ注目すべきは、HYPE ETFのフローが市場全体と逆位相で動いたという事実で、これはナラティブ資金と配分資金が分離して観測できることを意味する。ETFフローを銘柄別に位相分解すれば、その資産の需要が構造的か一過性かを判別する実用的な指標になり得る。
- オフショア流動性の本国回帰は、日本にとっても選択の問題として提起される。 米国は無期限先物という年間60兆ドル規模の取引フローを、規制の中に取り込むことで国内へ引き戻そうとしている。日本の暗号資産デリバティブは個人向けレバレッジ規制が厳格で、無期限先物の国内提供は事実上存在せず、需要はオフショアへ流出したままである。金融商品取引法改正に向けた制度設計の中で、この取引フローをどう扱うかは、投資家保護と国内市場育成のトレードオフとして正面から問われる論点になる。取引所・証券会社にとっては、米国のカルシやBitnomialが辿った「規制ライセンスの積み上げによる先行」というパターンが、そのまま参照可能な戦略テンプレートとなる。
引用:出典
- The Block "JPMorgan says Hyperliquid faces growing competition while HYPE ETF inflows stall"(2026年8月6日)https://www.theblock.co/post/411001/jpmorgan-hyperliquid-competition-hype-etf-inflows-stall
- CoinDesk "JPMorgan says Hyperliquid ETF inflows have stalled as competition mounts"(2026年8月6日)https://www.coindesk.com/markets/2026/08/06/jpmorgan-says-hyperliquid-etf-inflows-have-stalled-as-competition-mounts
- CoinPost「JPモルガン、ハイパーリキッドの市場シェア低下リスクを指摘」https://coinpost.jp/?p=730318
- The Defiant "CFTC Approves First US-Regulated Bitcoin Perpetual Futures" https://thedefiant.io/news/regulation/cftc-approves-first-us-regulated-bitcoin-perpetual-futures
- Kraken Blog "Announcing CFTC-regulated perpetual futures for US Traders"(2026年6月15日)https://blog.kraken.com/product/kraken-derivatives/announcing-cftc-regulated-us-perps
- CoinDesk "Kraken launches U.S. perpetual futures as crypto derivatives move onshore"(2026年6月15日)https://www.coindesk.com/markets/2026/06/15/kraken-debuts-u-s-perpetual-futures-as-crypto-derivatives-move-onshore
- DeFi Rate 予測市場出来高トラッカー https://defirate.com/prediction-markets/volume/
- Sportico "How Kalshi, Other Prediction Markets Performed at 2026 World Cup" https://www.sportico.com/business/sports-betting/2026/prediction-market-data-volume-polymarket-kalshi-world-cup-1234939529/
- MetaMask News "Kalshi vs Polymarket 2026: fees, volume, and US access compared" https://metamask.io/news/kalshi-vs-polymarket
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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