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2026年08月06日

760万枚の「参加証明」を残して、POAPは畳まれる——オンチェーンは何を保証していたのか

760万枚の「参加証明」を残して、POAPは畳まれる——オンチェーンは何を保証していたのか

5年半で760万枚、それでも事業にならなかった

POAPは2019年のETHDenverでハッカソン参加者向けに約100枚を発行したのが始まりだ。2021年にPOAP Inc.として法人化し、2022年1月にはArchetypeとSapphire Sportが主導するシードラウンドで1,000万ドルを調達している。技術的にはERC-721規格を採用し、取引コスト低減のためイーサリアムからGnosis Chainへ移行した。

規模は小さくない。POAPのウェブサイトによれば、46,210を超える発行者によって約760万枚が発行された。提携先にはCoinbase、American Express、Warner Music Group、Bayerが並び、イーサリアム財団のカンファレンス「Devcon」では1週間で8,000枚以上を発行、世界各地の空港で受け取れる「Airport Rally」も展開した。暗号資産業界の内側では、間違いなく成功したプロダクトである。

にもかかわらず事業は続かなかった。ゴンザレス氏は終了理由について、暗号資産業界特有の資金調達サイクルと流通構造の中で、POAPを意味あるものにしていた本来の価値を損なわずに持続可能な事業を築くのは難しかったと説明している。同社は2026年3月16日に新規発行者の受け入れを止める「メンテナンスモード」へ移行しており、今回はその先の全面的な終了にあたる。

トークンを持たなかったことの代償

POAPには独自トークンがなかった。この設計判断が、皮肉にも収益構造の急所になった。トークンがなければ投機的なプレミアムも、値上がりする資産を抱えたトレジャリーも、開発を支える回転構造も生まれない。純粋にサービスの対価で稼ぐしかない。

ところが非金融的なユーティリティをオープンな基盤で提供するプロジェクトは、特有の袋小路に入る。利用者は「基本的な証明や検証に高い値札がつくべきではない」というオープンプロトコルの規範を内面化しており、サービスは無料か限りなく無料に近いことを期待する。POAPは長年ほぼ無償で配布した後、商用発行者向けに課金を導入したが、個人利用と商用利用の線引きは実務上ほとんど引けなかった。スポンサーロゴの入ったDAOミートアップ、200人規模の結婚式、企業パートナー付きの公共財ハッカソン——どちらに分類すべきかが判然としない事例が並んだ。

ゴンザレス氏は終了にあたり、顧客コミュニティは企業が持ちうる最も過小評価された資産だと述べている。価値があることと、その価値を対価に変換できることは別問題だという事実が、5年半の帰結として残った。チームは今後、オープンなコレクティブルの新しい標準規格の開発に軸足を移すという。

同じ週、日産のNFTには「消去される」と書かれた

対照的な事例が国内にある。日産自動車は、Web3技術で顧客との新たな関係性を検証する実証プロジェクト「NISSAN PASSPORT BETA」を、2026年10月28日18時に終了すると発表した。2024年12月に発表され2025年1月にサービスを開始してから、約1年9か月での幕引きである。初回応募では5,523人を対象にメンバーシップNFTと独自のWeb3ウォレットを提供し、Discord上にコミュニティを開設していた。

注目すべきは終了条件だ。保有トークンの利用は10月21日23時59分まで。そして日産によれば、現在保有されているNFTはサービス終了時に消去される。メンバーシップNFTは日産IDと紐づいており、他人への譲渡や転売、MetaMaskなど外部ウォレットでの利用はできない仕様だった。つまりこのNFTは、最初から利用者の資産ではなく、日産のシステム内でNFTという技術を用いて表現された会員資格だった。

なお日産は8月5日、フィナーレ企画「KIZUNA HEARTBEAT」を開始している。参加者のプロフィール画像やニックネーム、希望者の愛車の写真やコメントを一つの「KIZUNA NFT」に反映するもので、完成したNFTはサービス終了後もブロックチェーン上に残るとされる。終了に際して初めて、真にオンチェーンな成果物が用意された格好である。

オンチェーンが保証していたものは三層に分かれる

二つの事例を並べると、「ブロックチェーンに記録されているから残る」という言明が、実際には三つの異なる水準を混同していたことが見える。

第一の水準は、日産のケースだ。トークン自体が事業者のシステム内に閉じており、サービス終了とともに消去される。外部ウォレットに出せない以上、これは技術的にNFTであっても、耐久性という観点では従来の会員ポイントと変わらない。

第二の水準がPOAPである。発行済みバッジはGnosis Chain上に存在し続け、保有者のウォレットアドレスに紐づいたまま残る。ここまでは約束が果たされる。ただしPOAPのギャラリー、API、メタデータ関連サービスがいつまで維持されるかは、会社がインフラを維持し続けるかどうかに依存し、終了スケジュールは公表されていない。トークンは残るが、そのトークンが「いつ・どこで・何に参加した証明なのか」を読み解く仕組みは、会社と運命を共にしうる。記録は残り、意味は薄れる。

第三の水準が、メタデータ自体がオンチェーンにあり、独立した複数のインデクサーが参照でき、標準規格が特定企業に依存しない状態である。ここまで満たして初めて、発行体の消滅に耐える。POAPチームが次に取り組むと表明している「オープンなコレクティブルの新しい標準規格」は、まさにこの層を指しているとみられる。

証明の価値は、トークンを発行することではなく、その意味を解釈できる仕組みを誰が維持するかに宿る。POAPの終了が突きつけたのは、その維持コストを誰が負担するのかという問いに、業界がまだ答えを出していないという事実である。

事業開発に関するインサイト

  1. 「オンチェーンだから永続する」は、耐久性の設計仕様として不十分である。 証明・資格・履歴といった非金融ユーティリティをトークン化する場合、①トークンが外部ウォレットに出せるか、②メタデータがオンチェーンかオフチェーンか、③参照・解釈の仕組みが発行体以外にも存在するか、の三点を初期設計で確認すべきである。日産のケースは①で失格し、POAPは①をクリアしたが②③が会社依存だった。企業がWeb3で顧客資産や証明書を扱う際、この三層チェックを技術要件書に明記しない限り、「ブロックチェーンで永続的に記録します」という説明は実質的に成立しない。特に資格証明、学習履歴、サプライチェーン証跡など、10年単位の耐久性が要求される領域では致命的な差になる。
  2. 非金融ユーティリティの収益化は、課金主体を最初から発行者側に置いて設計する必要がある。 POAPは独自トークンを持たず、健全な設計だったがゆえに投機的な資金循環に頼れなかった。そして利用者側には「オープンプロトコルの基本機能は無料であるべき」という強い期待があり、後から個人利用と商用利用を線引きしようとしても実務上機能しなかった。この構造は日本国内でも同型で、自治体のボランティア証明や企業の会員証明といった用途では、利用者課金は最初から成立しない前提で、発行者側の予算に組み込む設計が必要になる。逆に言えば、「発行者が費用を払ってでも維持したい証明」に用途を絞れば持続可能性は出る。
  3. 企業のWeb3実証には、終了設計(EOL設計)を初期要件として含めるべきである。 日産のプロジェクトは約1年9か月で終了し、NFTは消去される。実証実験である以上、終了自体は失敗ではない。問題は、終了時に利用者の手元に何が残るかが、開始時点で設計されていたかどうかである。日産が終了直前に「KIZUNA HEARTBEAT」として恒久的にオンチェーンに残るNFTを用意したことは、この論点への事後的な対応として読める。今後、企業がNFTやトークンを用いた顧客プログラムを企画する際は、開始時のプレスリリースと同時に終了時の資産の扱いを規定しておくことが、レピュテーション上も実務上も必要になる。この観点を提供できる事業者は、国内のWeb3コンサルティング領域で明確な差別化要素を持つ。

引用:出典

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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