「売らずに借りる」が定着した弱気相場 ― 担保銘柄の入れ替わりが映す暗号資産クレジットの構造変化

弱気相場で増えたのは「売り」ではなく「借入回数」
クリプトクアントが9月2日に公表したリサーチは、暗号資産レンディング事業者CoinRabbitの利用データを用いて、2025年の強気相場と2026年の弱気相場で借り手の行動がどう変わったかを比較したものである。最も明確な変化は借入頻度に現れた。個人投資家(リテール)の一人あたり平均借入回数は30.8回から53.5回へと74%増加し、富裕層(HNWI)でも16.5回から19.4回へと18%増えている。リピート利用者の比率も61.9%から65.1%へ上昇した。相場が下落する局面でこそ借入が活発化したという事実は、直感に反するかもしれない。しかし含み損を抱えた資産を安値で手放したくないという保有者の心理を前提に置けば、担保による資金調達は「売却の代替手段」として合理的な選択となる。なお個人投資家では前回借入から次回までの間隔が11日から21日へとほぼ倍増しており、短期の回転売買的な使い方から、より長期にわたって借入ポジションを維持する使い方へと性格が変わりつつあることも示された。
担保に差し出される銘柄の入れ替わり
より示唆的なのは担保資産の構成変化である。富裕層の担保に占めるビットコインの比率は57.8%から30.5%へとほぼ半減した。代わって浮上したのがプライバシー通貨ジーキャッシュ(ZEC)で、トップ10圏外から一気に3位・24.2%を占めるに至った。モネロ(XMR)、チェーンリンク(LINK)、カルダノ(ADA)も比率を伸ばしている。背景にはZEC自体の価格上昇があり、2025年9月時点で約50ドルだった同通貨はレポート公表時点で約800ドル、さらに9月4日には1,000ドルを突破し時価総額は約170億ドル規模、一時は時価総額上位10位に入った。個人投資家層では担保首位が引き続きXRPで、2位ビットコイン、3位イーサリアムと続き、2026年にはBNBやKAS、VELOといったアルトコインが新たに上位10銘柄に加わっている。担保として受け入れられる資産の裾野が広がったこと自体が、この市場の成熟度を測る一つの指標といえる。
「頻度は増え、総量は減る」という捩れ
ただしこの動きを市場全体の拡大と読むのは早計である。Galaxy Researchの集計では、暗号資産担保付き貸出の残高は2026年第2四半期に561億6,000万ドルまで縮小し、前四半期比16.78%減、2025年第3四半期のピーク786億9,000万ドルからは40.13%減となった。DeFiが27.61%減の204億3,000万ドル、CeFiが9.62%減の229億8,000万ドルで、CeFiがDeFiを上回るのは2023年第3四半期以来である。つまり業界全体としては明確なデレバレッジ局面にある。CoinRabbitのデータが示す「借入回数の増加」と市場残高の縮小を並べると、一件あたりの借入規模が小さくなり、生活資金や納税資金といった実需に近い小口の借入が回数として積み上がっている構図が浮かぶ。レバレッジ拡大ではなく、資産を手放さずに流動性だけを取り出す「つなぎ資金」としての利用が主流化しつつある。
日本市場に置き換えると ― 税制と業法の二重の壁
この構図は日本にこそ強く当てはまる。暗号資産の売却益は現在も雑所得として総合課税の対象であり、税率は最大約55%に達する。一方、担保差入れによる借入は原則として課税イベントに該当しない。含み益が大きいほど「売らずに借りる」ことの経済合理性は跳ね上がる。令和8年度税制改正で「特定暗号資産」に対する20%の申告分離課税が法定されたものの、その適用開始は金商法等改正法の施行日の属する年の翌年1月1日と定められており、現時点では2028年1月の開始が有力視されている。少なくとも2027年中の取引までは、現行の総合課税が続く見込みである。この過渡期こそが担保ローンの需要が最も高まる期間となる。他方、供給側の制約は重い。日本で暗号資産を担保に円資金を貸し出すには貸金業登録が必要であり、大和証券グループとクレディセゾンの合弁であるFintertechが提供する「デジタルアセット担保ローン」など、担い手は限られる。担保対象もビットコインとイーサリアムが中心で、海外で観測されたような多銘柄化は起きていない。2026年の金商法改正案では暗号資産の信用取引が取引業者の付随業務として位置づけられ、貸金業規制との関係整理が進む見込みだが、担保ローンそのものが同じ枠組みに入るかは別問題である。日本の投資家は「売らずに借りる」動機を海外投資家以上に強く持ちながら、それを満たす国内サービスの選択肢が乏しいという非対称の中に置かれている。
事業開発インサイト
- 税制移行期は担保ローン需要のピークである。総合課税から申告分離課税への切替は現時点で2028年1月開始が有力であり、それまでの約1年半は「売却すると最大55%課税されるが、借入なら課税されない」という状態が続く。国内金融機関にとって、この期間限定の歪みは暗号資産担保ローンの顧客獲得における最大の追い風となる。逆に言えば、分離課税が実現し税率差が縮小した後は同じ訴求は効かなくなるため、税繰延以外の価値(融資スピード、担保管理の質、不動産や事業資金との組み合わせ)を並行して設計しておく必要がある。
- 担保適格銘柄の設計が競争軸になる。海外ではZECが富裕層担保の24.2%を占めるまでに台頭し、個人層でもBNBやKAS等が上位に入った。担保として受け入れる銘柄を増やすことは、そのまま獲得可能な顧客層の拡大を意味する。ただしプライバシー通貨は日本の登録業者では取扱いが認められておらず、AML/CFT上の要請とも直接衝突する。「担保適格性をどこまで広げられるか」は、価格変動リスクの管理能力だけでなく、コンプライアンス設計の巧拙で決まる領域であり、ここに差別化の余地がある。
- 貸金業免許と暗号資産交換業免許の分断がボトルネックになっている。日本では暗号資産を保管・売買する主体(暗号資産交換業)と、それを担保に円を貸す主体(貸金業)が別々の登録を要し、一社が顧客の入口から出口までを一貫して担いにくい。この分断は、交換業者と貸金業者、あるいは信託銀行を組み合わせた提携スキームの事業機会を生む。SBI VCトレードが円建てステーブルコインJPYSCの貸出サービスを年率3%で開始したように、円建てデジタル資産を軸に据えれば与信と決済を接続する余地はさらに広がる。
出典
CoinPost「弱気相場で仮想通貨担保のレンディング増加、売却代わりの資金調達手段か=クリプトクアント」2026年9月4日 https://coinpost.jp/?p=735521 CryptoQuant "Why Whales Don't Sell: Crypto Lending Across the Cycle | Supported By CoinRabbit" 2026年9月2日 https://cryptoquant.com/insights/research/6a98359cfad59d3c42e00f86-02-September-2026-Why-Whales-Dont-Sell-Crypto-Lending-Across-the-Cycle-Supported Siam Blockchain(CryptoQuant公式X投稿の全文を引用)2026年9月4日 https://siamblockchain.com/2026/09/04/cryptoquant-highlights-a-surge-in-crypto-backed-borrowing-during-the-bear-market-and-reveals-why-investors-are-flocking-to-this-practice/ Value The Markets「Crypto lending fell in Q2 2026 as DeFi lost share」(Galaxy Research集計の二次報道)https://www.valuethemarkets.com/cryptocurrency/news/crypto-lending-fell-sharply-in-q2-as-defi-lost-ground-to-cefi CoinDesk「Zcash Jumps 20% to Landmark $1,000 Level」2026年9月4日 https://www.coindesk.com/markets/2026/09/04/zcash-jumps-20-to-landmark-usd1-000-level-as-short-sellers-lose-usd34-million 創・佐藤法律事務所「2026年金商法等改正案に基づく暗号資産に係る規制の見直しの概要と実務への影響」https://innovationlaw.jp/crypto-fiea-amendment-2026/ 大和総研「暗号資産取引に20%の申告分離課税導入へ」2026年2月6日 https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/tax/20260206_025575.html Fintertech「デジタルアセット担保ローン」 https://dabl.fintertech.jp/ The Arabian Post「CoinRabbit receives 2026 crypto lending award」 https://thearabianpost.com/coinrabbit-receives-2026-crypto-lending-award/
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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