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2026年09月11日

統制点をネットワーク層から外す ― パブリックチェーンとAML規制の両立論を、日本の文脈で読む

統制点をネットワーク層から外す ― パブリックチェーンとAML規制の両立論を、日本の文脈で読む

何が公表されたのか

論文の題名は「The Compatibility of Permissionless Networks and Financial Integrity: A Practical Guide for Financial Institutions」、全27ページ、日付は2026年8月23日で、翌24日にSSRNへ掲載された。執筆はレベッカ・レティグ氏(Jito Labs最高執行責任者兼最高法務責任者、前Polygon Labs法務政策責任者)、オミッド・マレカン氏(コロンビア大学ビジネススクール兼任教授)、マイケル・モージア氏(法律事務所Arktouros共同創業者)の3名である。

執筆者の経歴は無視できない。モージア氏はFinCEN(米金融犯罪取締ネットワーク)の長官代行、OFAC(外国資産管理室)の制裁遵守・執行責任者、司法省マネーロンダリング部門の次席、国家安全保障会議のディレクターを歴任し、Chainalysisの初代法務責任者でもあった。規制側の内部を知る人物が、業界側で書いた文書ということになる。

ここは正確に押さえたい。この論文はa16z crypto自身の提言ではない。同社は9月10日に論文を再構成した記事を自社サイトに掲載し、それを起点にニュースが流通した。国内報道の一部が「a16zの提言」としているのは、厳密には帰属がずれている。

論証の骨格

主張は明快だ。米国の銀行秘密法(BSA)と制裁法のどこにも、パーミッションド型のバリデータ集合や参加者の限定を求める規定はない。したがって金融機関は、ネットワーク基盤を統制しなくても義務を果たせる。統制は自らが運営し支配できるアプリケーション層、すなわち顧客、取引相手、取引そのものに置けばよい。

論文が提示する枠組みは9要素で構成される。ガバナンスとリスク評価、顧客レベルのKYCとデューデリジェンス、ウォレットと取引相手のスクリーニング、オンチェーン取引モニタリングと報告、トラベルルールおよび資金移動規則への対応、リスクベースの制裁統制、第三者リスク管理、ウォレットと鍵の管理およびサイバーセキュリティ、そしてテスト・監査・研修と専門人材の確保である。

比喩として持ち出されるのはインターネットだ。利用者は通信を中継する個々の事業者を選別しない。同様に、取引を処理するバリデータを一人ひとり特定する義務はない、という論法である。制裁対象地域のバリデータに手数料が渡る可能性については、制裁対象者を選んで契約し資金を提供する行為とは性質が異なるとする。2025年11月のOCC(通貨監督庁)解釈書簡が、銀行によるネットワーク手数料の支払いとその原資となる暗号資産の保有を認めた点も援用されている。

最も実務的に効くのは、規制当局の姿勢に関する指摘だ。金融規制当局とFinCENが求めているのは「合理的に設計された」プログラムであり、FinCENは2020年8月の執行に関する声明で、BSA執行が「揚げ足取り」ではないと明言している。財務省のデリスキング報告書は、銀行が統制の失敗はすべて巨額の制裁金に直結すると考えている一方、当局は制裁金が稀であり、それはプログラム全体の崩壊に伴うもので、リスクベース運用に伴う限定的な不備によるものではないと指摘している。実務家が向き合っているのは法令ではなく、法令に対する過剰な自己防衛である、という診断だ。

弱いところ

一方で、論証の一部は不在の証拠に依拠している。OFACが仮想通貨業界向けの制裁遵守ガイダンスを出してから約5年、バリデータが制裁対象取引を処理したことのみを理由とする執行や、プロトコル手数料の支払いを理由とする執行は確認されていない、というのが根拠である。事実としては正しい。ただし摘発がないことは安全港ではない。OFACは2022年8月にトルネード・キャッシュを制裁指定しており、インフラ層に手を伸ばす意思がないわけではない。2024年の連邦控訴審判断を経て2025年3月に指定は解除されたが、この経緯は、法令解釈が確定していないことを示すものでもある。

もう一つの弱点は論文自身が認めている。パブリック台帳では残高や取引履歴が可視化されるという反論に対し、論文はゼロ知識証明などの技術を挙げる。制裁リストに載っていないこと、準備金が負債を上回ることを、相手の身元や財務内容を開示せずに証明する仕組みだ。だが論文は、これらの技術が実証・研究段階にとどまり、機関規模での本格導入には至っていないと明記している。金融機関にとって最大の懸念に対する解決策が、まだ配備できていない。

同じ週の日本

日本では同じ週に、方向の異なる動きがあった。金融庁と警察庁は8月6日、日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)に対して詐欺被害防止策の強化を連名で要請し、出庫先アドレスの事前登録制と、登録後一定期間の出庫制限を求めていた。これを受けてGMOコインが8月29日から24時間の制限を導入し、コインチェックが9月10日、9月15日からの導入を発表した。制限期間は非公表で、短縮や早期解除には応じない。

興味深いのは、両者の作用点が一致していることだ。a16zが再構成した論文も、日本の当局も、統制をネットワークではなく仲介事業者に置いている。日本の資金決済法と犯収法はもともとそう設計されており、米国のジーニアス法がステーブルコイン発行体に義務を課したのも同じ構造である。違うのは向きだけだ。論文はアプリケーション層の統制を「パブリックチェーンを使えるようにするため」に使い、日本の当局は同じ層を「規制の外側へ資産が出ていく速度を落とすため」に使っている。

そして日本の金融機関にとって決定的なのは、この論文が米国法の文書だという点である。日本では、法令に禁止規定がないことと、監督実務上許容されることの間に距離がある。8月6日の要請は法改正ではなく行政指導だが、数週間で業界実務になった。「法令のどこにも書かれていない」という論証は、日本ではそのままでは通用しない。

【事業開発に関するインサイト】

  1. この論文は、法令上の障壁とデリスキングによる自己規制を分離して議論するための道具になる。日本の金融機関がパブリックチェーンを避ける理由の多くは、法令の禁止ではなく行政指導の予測不能性への警戒である。稟議書や与信審査の様式でこの二つを分けて記述するだけでも議論は前進する。9要素の枠組みは、社内チェックリストの雛形としてそのまま使える。
  2. 米国法の論証は日本では権威を持たない。日本版に翻訳するには、犯収法の取引時確認、JVCEAの自主規制規則、そして8月6日の要請のような行政指導までを含めた対応表を自前で作る必要がある。同種の文書は国内に存在せず、規制対応オーケストレーションを標榜する事業者が最初に整備すれば、事実上の標準を取れる領域である。
  3. 論文が自ら未成熟と認めた部分が、そのまま事業機会になる。制裁リストに載っていないことの証明、準備金が負債を上回ることの証明をゼロ知識で行う仕組みは、日本の金融機関が最も強く懸念する取引可視性の問題に直接応える。バリデータ運用と規制対応の双方を持つ事業者にとって、参入余地が大きく、かつ参入者が少ない。

【引用:出典】

ビットバンク プラス「a16z、パブリックブロックチェーンでも米AML規制に対応可能と提言」(2026年9月11日)https://bitbank.cc/knowledge/breaking/article/1mirk6-x_l3 The Crypto Times「a16z Says Permissionless Blockchains Can Meet U.S. AML Rules」https://www.cryptotimes.io/2026/09/10/a16z-says-permissionless-blockchains-can-meet-u-s-aml-rules/ Rebecca Rettig, Omid Malekan, Michael Mosier「The Compatibility of Permissionless Networks and Financial Integrity: A Practical Guide for Financial Institutions」(SSRN、2026年8月23日)https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=7343938 a16z crypto「A financial integrity framework for permissionless networks」https://a16zcrypto.com/posts/article/financial-integrity-framework-permissionless-networks TRM Labs「TRM Talks: How Institutions Can Use Permissionless Rails with Rebecca Rettig and Michael Mosier」https://www.trmlabs.com/resources/trm-talks/how-institutions-can-use-permissionless-rails-with-rebecca-rettig-and-michael-mosier DeFi Education Fund「DeFi Debrief: Week of August 24, 2026」https://defieducationfund.substack.com/p/defi-debrief-week-of-august-24-2026-b03 OCC「Interpretations and Actions, November 2025」https://www.occ.treas.gov/topics/charters-and-licensing/interpretations-and-decisions/2025/interpretations-and-actions-nov-2025.html NADA NEWS「コインチェック、新規アドレスへの送金を一時制限──警察庁などの要請に対応」https://www.nadanews.com/367549/ BITTIMES「コインチェック、新規送金先への送金を一定期間制限|9月15日から」https://bittimes.net/news/228512.html

監修

石田陽之(いしだあきひさ)

Cabinet株式会社 代表取締役

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

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