日立が「Digital Asset AML Platform」を提供開始――個人属性を渡さずリスク信号だけを共有する業界横断AMLが商用段階へ

何が始まったのか
日立製作所は2026年10月5日、暗号資産やステーブルコインなどのデジタルアセット取引を対象とするAMLモニタリングサービス「Digital Asset AML Platform」を同月1日から提供開始したと発表した。対象は金融機関と暗号資産関連事業者である。中核は事業者間のリスク情報共有で、共有項目はウォレットアドレス、トランザクションハッシュ、リスクカテゴリ、検知理由に限られ、個人の属性情報は共有しない。機能は、取引後のリスク変化を継続的に確認する事後モニタリング、送金前に相手先アドレスを評価するオンライン即時評価、ステーブルコイン等の発行後の流通リスクを確認するトークンモニタリングの三つである。外部のブロックチェーン分析、制裁・犯罪関連情報、オンライン詐欺関連情報に、AI・機械学習による取引行動分析を重ねる。対応チェーン、トークン、価格は契約条件次第として開示されていない。
二段階の実証と金融庁の評価
本サービスは二度の実証を経ている。2025年2月から4月の第1回は日立と12社で行われ、野村ホールディングス、北國銀行、ビットバンク、JPYC、Chainalysis Japan、NECなどが参加した。2026年3月から5月の第2回は金融庁「FinTech実証実験ハブ」の第13号支援案件となり、あおぞら銀行、GMOコイン、楽天ウォレット、DCP、日本ブロックチェーン基盤など、企業名非公表の3社を含む17社が参加した。金融庁は7月24日に結果を公表し、事業者間の共有で単独では把握しにくいリスク兆候を捉えられる可能性、リスト照合と機械学習の併用が既知リスト外の兆候も検知した点、三機能の運用上の実現可能性を認めた。一方で、アラートだけで届出や取引制限、凍結を判断するのは十分でなく、資金フローや関連アドレスなどの補足調査が必要だとも明記した。
個人情報保護法との整理
同結果では法的整理も示された。金融庁は個人情報保護委員会の助言を踏まえ、同意に基づく第三者提供は提供時点で同意があれば足りること、財産保護例外(個人情報保護法27条1項2号)で個人データに当たるアドレス等を提供する場合は、本人の不利益と提供の必要性を個別事例ごとに総合衡量すべきことを示した。誤検知による不当な不利益を防ぐため、データの正確性と適時性、訂正・削除手続、機械学習を含むアラート根拠の説明可能性も求めている。属性情報を共有対象から外した日立の設計は、この論点への回答と読める。
なぜ今、共同化なのか
背景には不正資金のステーブルコイン化がある。Chainalysisは2025年に不正アドレスが受け取った額を少なくとも1,540億ドルとし、その84%をステーブルコインと推計した。FATFも2026年7月の暗号資産に関する対象別更新で、特定された不正なオンチェーン活動の大半がステーブルコインに関わると指摘した。日立によれば、国内では2026年6月にステーブルコイン関連の内閣府令改正が施行され、信託型ステーブルコインの本格発行も始まった。海外ではTRM Labsが2025年8月に取引所や発行体を結ぶリアルタイム警報網Beacon Networkを立ち上げ、シンガポール金融管理局は2024年4月、法改正とともに銀行間の顧客リスク情報共有基盤COSMICを稼働させた。国内銀行界でも全銀協が設立したマネー・ローンダリング対策共同機構がAIスコアリングの共同化を進めている。日立の取り組みは、この流れをデジタルアセット領域に持ち込むものだ。
今後の焦点
日立は次段階として、高リスク取引の調査を各社からの個別委託で担う「AML共同センター」構想を参加企業と具体化するとしているが、時期や体制は示されていない。実効性は、参加事業者の広がり、共有ルールとデータガバナンスの成熟、そして最終判断が各社に残る中での責任分担の明確化にかかっている。
【事業開発に関するインサイト】
- 暗号資産交換業者や電子決済手段を扱う銀行にとって、自社データと単一ベンダーのスクリーニングだけで完結するAMLは説明力を失いつつある。金融庁が共同化を「相互扶助」として前向きに評価した以上、共有ネットワークへの参加可否は監督対応上の論点になる。参加する場合、提供側としての法的検討とプライバシー影響評価、共有範囲・訂正削除・苦情処理を定めた社内規程と契約を先に整える必要があり、これは数か月単位の準備を要する。
- ステーブルコインの発行体と信託銀行にとって、発行後の流通監視は発行体責任の一部になりつつある。金融庁の実証では、発行者が悪用されたトークンを追跡し凍結・焼却する機能が評価対象に含まれた。凍結判断の根拠をアラートだけに依存できないことも明記されたため、発行スキームの設計段階で、監視、調査、凍結執行、誤凍結時の救済までを一連の業務フローとして組み込むことが差別化要因になる。
- 共同化が進むほど、価値は検知そのものより、調査受託、データガバナンス、説明可能性の担保といった周辺機能に移る。共同センター、分析ベンダー、各事業者の間の責任分界はまだ定まっておらず、誤検知で顧客取引を止めた場合の責任や、共有信号の訂正手続をどう運用するかが実務上の空白になっている。この空白を埋めるコンプライアンス・オーケストレーションや監査支援は、金融機関側にもサービス提供側にも事業機会となる。
【引用:出典】
日立、暗号資産・ステーブルコインなどのデジタルアセット取引向けAMLモニタリングサービス Digital Asset AML Platformを提供開始(PR TIMES) — https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000634.000067590.html 日立、暗号資産・ステーブルコインなどのデジタルアセット取引向けAMLモニタリングサービス Digital Asset AML Platformを提供開始(日立製作所) — https://www.hitachi.co.jp/products/it/finance/topics/20261005-topics.html 日立、暗号資産やステーブルコイン取引のAMLモニタリングサービス提供開始(あたらしい経済) — https://www.neweconomy.jp/posts/614238 デジタルアセット取引におけるAML実証の実務適用可能性を確認(PR TIMES、2026年7月30日) — https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000607.000067590.html 日立とデジタルアセット取引関連事業者など12社が連携し、AMLの実効性向上と共同化に向けた実証実験を開始(日立製作所、2025年2月17日) — https://www.hitachi.com/ja-jp/press/articles/2025/02/0217/ 日立のデジタルアセット取引におけるAML高度化の取り組みが金融庁「FinTech実証実験ハブ」の支援案件に決定(日立製作所) — https://www.hitachi.co.jp/products/it/finance/topics/20260310-topics.html 「FinTech実証実験ハブ」支援決定案件について(金融庁、2026年2月27日) — https://www.fsa.go.jp/news/r7/sonota/20260227-2/20260227-2.html 「FinTech実証実験ハブ」支援決定案件の実験結果(第13号案件)について(金融庁、2026年7月24日) — https://www.fsa.go.jp/news/r8/sonota/20260724-4/20260724.html Crypto Crime Reaches Record High in 2025 as Nation-State Sanctions Evasion Moves On-Chain at Scale(Chainalysis) — https://www.chainalysis.com/blog/2026-crypto-crime-report-introduction/ FATF calls for closing of regulatory gaps as virtual asset illicit finance risks become more complex(FATF) — https://www.fatf-gafi.org/en/news/targeted-updated-va-vasps-2026.html TRM Labs Launches Beacon Network, the First Real-time Crypto Crime Response Network(TRM Labs) — https://www.trmlabs.com/resources/blog/trm-labs-launches-beacon-network-the-first-real-time-crypto-crime-response-network MAS Launches COSMIC Platform for FIs to Share Information on Customers Exhibiting Red Flags to Combat ML/TF(Rajah & Tann Asia) — https://www.rajahtannasia.com/viewpoints/mas-launches-cosmic-platform-for-fis-to-share-information-on-customers-exhibiting-red-flags-to-combat-ml-tf/ AML/CFT業務の高度化・共同化に係る新会社の設立について(全国銀行協会) — https://www.zenginkyo.or.jp/news/2022/n101302/ NEC、マネー・ローンダリング対策共同機構のAIスコアリングサービスのシステム構築ベンダーに選定(NEC) — https://jpn.nec.com/press/202302/20230207_02.html
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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