パスキーで開き、Chainalysisで入口を審査する「ガードレール付きプライバシー送金」 ― zERC20 v2が示す、ミキサー規制後のプライバシー設計の現実解

何が起きたか:v1から9カ月、使いやすさを全面的に作り直した
zERC20は2026年2月にメインネットでv1を公開し、11月4日に代替版となるv2をローンチした。v1のラップとプライベート送金は11月4日0:00 UTC(日本時間9時)に停止し、v1からの出金は2027年4月30日まで可能である。v2の中心機能は「ワンタイムアドレス」で、利用者は自分のウォレットや取引所からzERC20の使い捨てアドレスにトークンを送るだけでプライベート残高に入金でき、引き出す際は全額または一部を元のトークンのまま任意のアドレスに送れる。リレイヤーが代わりにトランザクションを送信し、送金するトークンから少額の手数料を受け取るため、ETHを持たなくてもUSDCだけで送金と出金ができる。アカウントはブラウザで作成し、iCloudキーチェーンやGoogleパスワードマネージャー、1PasswordなどPRF対応のパスキーマネージャーで解錠する。QRコードやリンクによる「受け取りコード」、オンラインショップが売上を秘匿したまま受け取れる店舗向け決済ページ、会計士など信頼できる相手に残高と履歴の閲覧権限だけを渡す「ビューキー」も備える。対応ネットワークとトークンは、EthereumとBase、Arbitrum OneでzETHとzUSDC、BNB Smart ChainでzBNB、PolygonでzPOL、zUSDC、zJPYCである。
仕組み:見えるのは「出入口」だけ
zERC20は、USDCなどのトークンを1対1でラップして「z」版に変換し、プライベート残高として保有・支払いする。資金がプライベート残高にある間、チェーン上では保有額が見えず、他のzERC20アカウントへの支払いも誰が誰にいくら払ったかが表示されない。公開で記録されるのは入金と出金だけで、リリースはこれを「建物に出入りするのと同じで、中で起きていることはプライベートなまま」と説明する。支払いの正当性はゼロ知識証明で証明され、スマートコントラクトからGroth16とNovaを用いるすべてのZK回路までをLean4で形式的にモデル化し、正当な所有者以外による資金の使用や二重使用ができないこと、プールが全残高を裏付けるトークンを保有することを証明したとする。さらにTEE(Trusted Execution Environment)で証明に必要な秘密情報を外部に出さずに正当性を検証し、これを通過した証明のみを受け付けることで、ZK回路の不具合に対する追加の安全策を設けている。
規制対応:コンプライアンスを「プロトコルの一部」に組み込む
本件が注目に値するのは、プライバシーとコンプライアンスを両立させるための多層の「ガードレール」である。すべての入金の送り主と出金の受取人はChainalysisでスクリーニングされ、フラグが立った入金はプライベート残高に入らず送り主に返すことしかできない。制裁対象アドレスなどのブロックリストに入ったアドレスは、zトークンの送受信もラップもアンラップもできず、リストの変更はすべて公開される。AWS Nitroエンクレーヴで稼働するアテスターサーバーがすべてのプライベート送金・出金・マージを確認して署名し、有効なゼロ知識証明とアテスターの署名の両方がなければチェーンは受け付けない。法的な要請があった場合に限り、指定された監査人が承認手続きを経て対象アカウントの履歴を確認でき、その事実は公開ログに残る。コントラクトの管理はマルチシグで、アップグレードはオンチェーンで公開予約されてから1日後にのみ有効になる。一方でノンカストディアルであり、リレイヤーやスクリーニングはユーザー資金を動かせず、サービスが入金を処理できない場合も「Exit」機能で送り主に返金できる。
文脈:日本発のチームと、JPYCの「非公式ラップ」
zERC20 Limitedはケイマン諸島法人で2026年5月設立、CEOのMai Fujimoto氏は日本のブロックチェーン業界で知られる人物であり、PR TIMESで日本語のリリースを配信している点からも日本市場を意識した展開と読める。注目すべきは、PolygonでJPYCの「z」版を提供しつつ、リリース末尾でzJPYCとzUSDCは「zERC20が独自に提供する非公式のラップトークン」であり、JPYC株式会社およびCircleは提供・共同開発・審査・推奨のいずれにも関与していないと明記している点だ。発行者の同意なく第三者がステーブルコインをラップする構図は、日本の電子決済手段の制度上どう扱われるかが未整理であり、発行者側の対応が今後の焦点になる。
【事業開発に関するインサイト】
- プライバシー製品は「誰に見せないか」ではなく「誰になら見せるか」を設計の中心に置くと市場に出せる。zERC20 v2は、一般には秘匿しつつ、Chainalysis、アテスター、法的要請を受けた監査人、利用者が選んだ会計士という四つの閲覧主体を明示した。金融機関や事業会社がプライバシー技術を評価する際は、秘匿性の強さではなく、閲覧権限の設計がどこまで具体的かを評価軸にすべきである。
- 「ガス不要」「パスキー」「取引所から直接入金」の三点は、暗号資産に不慣れな層を取り込むための最小構成として他の製品にも転用できる。v2が解いたのは暗号技術ではなく、ETHの補充、シードフレーズ管理、新チェーンへの移動という参入障壁である。日本の事業者がステーブルコインの決済や送金を一般利用者に広げる際も、この三点を満たすかどうかが普及の分岐点になる。
- 発行者の同意なく「非公式ラップ」が流通する事態は、ステーブルコイン発行者にとって新しいリスク管理課題である。zJPYCはJPYC株式会社の関与なしに提供されており、発行者はプライベート残高内の移転を把握できない。発行者や電子決済手段等取引業者は、自社トークンのラップやブリッジに関する方針(容認、提携、技術的制限)を事前に定めておく必要がある。
【引用:出典】
PR TIMES(zERC20 Limited)「プライバシー送金は、もう難しくない!zERC20 v2がメインネットローンチ」(2026年11月4日) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000194061.html あたらしい経済「【11/4話題】zERC20 v2がメインネット公開、パスキー対応でプライバシー送金を簡素化」(2026年11月4日) https://www.neweconomy.jp/posts/623770 zERC20 公式サイト https://zerc20.io/ zERC20 Docs https://docs.zerc20.io/ zERC20 Wallet https://wallet.zerc20.io/
石田陽之(いしだあきひさ)
Cabinet株式会社 代表取締役
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